臆病な私の愛し方
 …そうだ…
 あのマンションで、家族が黒川さんの帰りを待っているかもしれないんだ…

 私は黒川さんのことをまだ何も知らない。
 好きな人や恋人どころか、もう結婚をしているかもしれない…

 そう考えるとなぜか胸がズキリと痛んだ。

 そういえばと気付いて広げた私の手には、先ほど黒川さんから渡された紙。
 それには二回区切られたいくつもの数字が書かれている。

「…携帯の、電話番号…」

 黒川さんは、お礼がしたいと自分を困らせた私を納得させるためだけにこれを渡したのかもしれない。
 それでも私の代わりにタクシー代まで払ってくれた。

 私は、迷惑かもしれなくてもいつか必ず近いうちにお礼をしよう、と心に決めた。


 それから何日間かが学校や家のことにおわれて過ぎていった。

 私は迷惑をかけたのもありコンビニのアルバイトを辞め、次の場所を懸命に考えながら探し始める。
 そんなときに浮かぶのはやはり黒川さんのことだった。

 初めて会った時は黒川さんのおかげで前を向くことができた。
 そして今回も黒川さんに助けてもらった。

(お礼、しなくちゃ…。どんなものが好きなのかな?…黒川さん、なんの仕事をしてるんだろう…)

 私にとっては未だ謎だらけの黒川さん。
 いつか落ち着いてから連絡をするつもりで、その日を緊張しながらどこか心待ちにしていた。
< 9 / 42 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop