臆病な私の愛し方

私を心配してくれる彼

 なんとか用意を済ませてタクシーに乗り込んだ私と黒川さんは、行き先を告げる以外は無言のまま。

 私は力が抜けたまま下を向いていた。

「…私、クビですね…。あんなことも対応できないなんて…。あの時、黒川さんが来てくれなかったら、私…」

 ようやく私の口から溢れてきたのは愚痴。
 やっと彼の名前が分かったというのに、本当に情けないと思う。

 黒川さんには出会ったばかりのときから心配をしてもらい、今も迷惑を掛けているのだから。

「君は悪くないだろ。初めてのバイト先であんな客に来られたら困るに決まってる。間が悪かっただけだ」

 彼は決まり悪そうにそう言った。

 きっとこれが黒川さんなりの励まし方なんだ、そう思うと嬉しさに胸が温かくなった。

「私…二回も黒川さんに助けていただいて…」

 泣きそうになりながら一言だけそう零し、私と黒川さんはまた黙り込んだ。


 そうこうしているうちに、タクシーは一棟のマンションに辿り着いた。

「…じゃ、俺はここで。また」

 黒川さんはタクシーを降りようとしている。

 私は黒川さんのことを何も知らない。
 謎だらけの黒川さんと今別れたら、もう二度と会えない気がした。

 私は急いで黒川さんの袖を引く。

「わ、私も降ります…お礼…したいです…」

 いきなり袖を引っ張ることが失礼にあたることは分かっていたけれど、私はお礼がどうしてもしたい。
 しかしやはり黒川さんは困惑顔。

「疲れているだろ、今度会った時でいい。…これ、連絡先。じゃ」

 黒川さんは急いでポケットの紙に何かを書いて私に渡し、タクシーに料金を払って降りていった。
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