初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
 オネルヴァからもくすりと笑みが漏れた。
「それとも、踊り足りなかったか? 君がもっと踊りたいなら、付き合うが?」
「いえ……。緊張しているからか、少しだけ疲れてしまいました」
「飲み物をもらってこよう。ここにいなさい」
 イグナーツが周囲を牽制するかのように、ぐるりと見回してから給仕に近づく。
 先ほどから、ちらちらと視線は感じていた。今も周囲からは、一人になったオネルヴァの様子をうかがうような仕草が感じ取れる。だから、けして彼らと目を合わせてはならない。
 オネルヴァの視線は、イグナーツの姿を追っていた。
「プレンバリ夫人」
 オネルヴァをイグナーツの妻であると認識したうえで声をかけてきた男がいる。
「へ、陛下……」
 魔石灯で作られたシャンデリアの光によって、目の前の男の金色の髪は艶やかに輝いている。イグナーツよりはいくらか年上とは聞いてはいたが、その年齢を感じさせないのは、やはり彼の立場が関係しているのだろうか。
「私と一曲お願いしたい……と言いたいところだが、あなたの夫君が睨みをきかせながらこちらに来ているからなぁ」
 国王の視線の先を追えば、ひきつった笑みを浮かべているイグナーツが立っていた。
「へ、い、か。なぜこちらに?」
 このような表情のイグナーツを見たことがない。彼は手にしていたグラスの一つをオネルヴァに手渡すと、背中でかばうような仕草を見せる。
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