初心な人質妻は愛に不器用なおっさん閣下に溺愛される、ときどき娘
妻を奪われた夫と夫に会いたい妻
 すべてが初めてのオネルヴァにとっては、そこは未知の世界であった。
 アーシュラ王女と国王夫妻に挨拶をし、イグナーツとダンスをする。たったそれだけのことなのに、緊張で胸が苦しくなっていた。
 どこにいたらいいのかもわからない。どこを見たらいいのかもわからない。
「オネルヴァ?」
 そんな緊張のあまり、ダンスの最中であったにもかかわらず気持ちが上の空だったようだ。
「君のダンスは、とても素敵だな。俺は、あまり得意ではないから」
「いえ、旦那様のリードがお上手なのです」
 少しだけ上を見て、イグナーツの表情を読み取ろうとする。だが、彼女の視線に気づいた彼は、口元を緩く綻ばせていた。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……」
 顔も近い。身体も密着している。いつもいるはずのエルシーはいない。
 心臓は高鳴っているが、身体は勝手に音楽に合わせていた。ダンスもマナーも、痛いくらいに叩き込まれた。それが今、役に立っている。
 音楽が途切れた隙を見計らったかのように、イグナーツがオネルヴァの手を取りダンスの輪から抜け出した。
「とりあえず一曲は踊ったから、文句は言われないだろう」
 そうやって本音をこぼす姿は、どこかエルシーと重なる部分がある。
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