君と笑い合えるとき
「こんなとこで逢えるなんて,思わなかった」

「そうだね。文くんは確か,自転車と電車で登校してるんだよね,私と静……真逆だもん」



ピタリと止まった文くんは,少し頬を赤くして,綺麗に睫毛を下ろす。

そして視線で,たまたまあった森の入り口へ促した。



「……浴衣,にあってる」



それは,目の前が暗くて,背中に明かりが集中する場所。

線を越えるように跨いだ文くんが,ぼそりと小さな音量で言う。

私は



「ありがとう」



とはにかんだ。

とても嬉しい褒め言葉。

もう,既に1番見せたい人にも貰った言葉だったけど,他の親しい人に言われるとまた違う。

少しだけ自信が芽生えて,静流くんの言葉もお世辞じゃないといいなと考えた。

訪れた静かな空間に,蚊に刺されそう,とまず1番に抱く。

足場は悪いけど,それ以外は特に悪い場所ではなかった。

お祭りを離れた,静かな場所。

喧騒に晒され続けた身体や呼吸をおさめるには,もってこいだと思う。

だけど,ただでさえ暗い夜。

月を覆い隠す木々には,静流くんがいないと少し不安に思ってしまった。

つくづく私は,静流くんで構成されている。

そんな夏の夜,首筋には汗がベトリと張り付いていた。



「おれ,さ」

「うん……?」

「間宮さんに,ずっと言いたいことがあったんだ」



見ると,文くんは夏の熱を瞳に閉じ込めていて。

妙な肌触りの空気に,私は戸惑う。

突然の切り口は,その先に続く言葉を予想させてはくれない。

言いたいこと……?

それもずっと,なんて。

すごく大きく告げられたと思った。

過去形でもないそれに,揺れるのは私の心。

何だろうとざわつく胸に,不安が押し寄せる。
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