千燈花〜ETERNAL LOVE〜

蹴鞠の少年

 八月下旬あたりだろうか、酔芙蓉の花々があちこちの野道に咲き暑さもおさまりをみせてきた。小彩(こさ)が朝から乾燥した鮎やフナなどの魚を麻布に丁寧にくるんでいる。その他にもねぎや大根、小さな梨もある。干し柿を片手に持ち少し悩んだあと、それを上手に隙間につめこむと満足げに言った。

 「燈花(とうか)様、明日は多武峰(とうのみね)にある寺に用がありますので行って参ります」

 「多武峰(とうのみね)の寺?」

 「はい、ここから一里半ほど歩いた山の上に寺とお屋敷があるのです。食材をお届けしようと思って…」

 小彩(こさ)は荷物に手を置くと微かに微笑んだ。ピクニックにでも行くかのようにはしゃぎたいのをグッとこらえているようにも見えた。多武峰(とうのみね)といえば談山神社しか思い浮かばないが、そこへ向かうのだろうか?

 「そう…誰かお付きの者はいるのでしょう?」

 一里半とは現代で言えば恐らく6キロ位で、徒歩で2時間弱くらいだろう。この時代に6キロの山道を歩くのはさほど大変な事ではないかもしれないが、一人でこの荷物を運ぶには無謀すぎる。

 「いえ、一人で運ぶつもりです。個人的な用なので…」

 小彩(こさ)はそう言うと下を向いた。彼女が役所から頼まれた仕事以外で遠出するのは珍しい。むしろ初耳かもしれない。今まで、彼女のプライベートな話を聞いた事がない。くだらない話はもちろんするが、少し深い話になるといつも話をごまかしたり濁らせたりした。

 そんなつれない彼女の態度に私も最初のうちはふてくされたが、よくよく考えてみると私にも秘密があるのだからおあいこだとだと思って、いつしか聞くのをやめた。

 「では私も共に行くわ。もう完全に足首も治ったし、久しぶりに遠出して気分転換したいのよ」

 「しかしなかなか険しい道のりですよ?」

 小彩(こさ)が疑いの眼差しを向けた。

 「大丈夫よ、こう見えて意外と体力はあるのよ…それに正直、宮の中だけでは気持ちも滅入ってしまって…」

 「まぁ、確かにそうですね。多武峰(とうのみね)のお屋敷でしたら、燈花(とうか)様を知る方もいらっしゃらないと思いますし、問題なさそうですね…うんうん」

 小彩(こさ)は腕を組みながら、ぶつぶつと独り言のようにつぶやいた後大きく手をパチンと叩きこちらを見て言った。

 「では燈花(とうか)様、明日一緒に参りましょう」

 「良かった。楽しみだわ」
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