ヒーローはかわいい天使さま
 昔の彼は臆病で、よく手を引いてあげた。守ってあげたくなる子犬のような存在だった。でも今は、私が手を引いてあげる機会はない。守ってあげるどころか、助けられてばかりだ。 

 碧維まで遠く離れないで。今までどおり、かわいいままでいて欲しいと、身勝手な願望が口から出た。けれど、いくらなんでもかわいいは言い過ぎたかもしれない。ちらりと見ると碧維の顔が引きつっている。

「ごめん」とあわてて謝った。
「大丈夫! 私にとってはかわいい弟みたいなものだけど、みんなはかっこいいって。碧維にもきっと、彼女の一人や二人、すぐにできるよ!」

 励ますつもりで発した自分の言葉になぜか胸がちくりと痛んだ。
 理由を考える前に碧維から「はあ……」と重いため息が返ってきた。彼はがしがしと髪を()きむしると、身体ごと私に向きを変えて聞いた。

「來実、教えて。俺、いつになったら『かわいい弟』を卒業できるの?」
「かわいいは言い過ぎた。ごめんなさい」
「俺、彼女は一人しか作らない。人を女たらしみたいに見るな」
「そ、そっか。そんな目で見てないけど、ごめん」

 手を顔の前で合せてあやまる。碧維はもう一度、深いため息をこぼした。
「もう、この話はおわり。今日も料理部に行くんだよね?」

 まだ不服そうな顔をしつつも、話を変えてくれた。

「うん。今日はね、お菓子を作る予定なの!」

 私は入学したその日に料理部に入った。日向家は両親が海外出張の多い仕事をしていて、家にいないことが大半だからだ。料理を学び、外食ばかりで栄養が偏りがちな日向家の食をサポートしてあげたいと思ったのがきっかけだった。

「もっと料理が上手になったら、碧維に作ってあげるね」
「ん」

 難しい顔をしていた碧維がやわらかく笑った。車窓からの陽の光に照らされて、髪が金色に輝いている。昔と変わらず天使みたいだった。

「部活が終わるの、待ってるから」

 一人で帰れるから大丈夫。と言いたいところだけど、さっきやらかしてしまったばかりだ。私は「よろしく」と頭をさげた。

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