― 伝わりますか ―
「月葉……?」

 静まりかえって彼女が居るのかどうかも分からないほど気配が薄らいだ頃、彼はその沈黙に不安を感じて名を呼んだ。

「月葉!」

 その途端、月葉は耐え切れなくなったように(へや)を飛び出していった。彼女がうずくまっていた畳の先に、ぼんやり白い残像の如く一枚の書状が残されている。美しい文字の並びは月葉が書いた物に相違なかったが、その宛てられた名に愕然とした悠仁采は、しばらく身動きが出来なかった。心の中で闇が(うごめ)く。もはや手立てはないというのか。

 ぱた、ぱた、ぱた……

 その時、月葉の物とは違う──こちらへ向かってくる大きな足音が聞こえた。一人だ。

「悠仁采様っ……! 悠仁采様っ!」

 男の焦燥は遠くとも手に取るように分かった。廊下から中の様子も聞かず、障子を蹴散らすように開いた男は(ひざまず)き、そのまま大声で述べた。表情は蒼白で恐怖に淀んでいる。

「何だ? 騒がしい」

 平常に戻った悠仁采はその男とは違い、かなり冷静に相対した。いや、右手だけは涙の痕を隠すために必死に動いているのだが。


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