妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

仮面②

 仮面に触れ、手先に硬い感触が伝わった瞬間──

「ん……」
「ご、ごめんなさいっ」

 ユリウスが長い睫毛を震わせながら身動ぐ。そのまま彼はゆっくりと瞼を開け、上半身を起こした。

「お茶をお淹れたので扉をノックしたのですが、ユリウス様からのお返事がなくて……。だからと言って、勝手にお部屋に入って良い理由にはなりません。本当に申し訳ございませんでした!」
「いや、それは全然構わないんだけど、ティアにお茶を淹れさせておいて自分は寝てしまうなんて不覚だ。僕こそごめん」

 ユリウスの長い指が近づき、ティアリーゼの頬に優しく触れる。

「!!」

 驚いたティアリーゼは素早く後ずさった。
 ティアリーゼの反応とは対極に、ユリウスは伸びをしながらいつもの調子で微笑んだ。

「少し寝落ちしたからか、大分スッキリしたよ」
「そ、そそそれは良かったです」
「あ、あれがお菓子とお茶?」


 扉の前に置かれたティーワゴンにはティーセットと、焼き菓子が乗せられている。砂時計の砂は既に落ち切っている。

 ユリウスはティーワゴンに視線を移し、立ち上がった。

「僕が運ぼう」
「ユリウス様が?わたしがやりますからっ」
「ティアが淹れてここまで運んでくれたのだから、後は僕が持ってくるよ。僕だってそれくらい出来るからね」


 ティアリーゼは慌ててユリウスの後ろを追い掛けるが、足の長さが違うせいで追いつけなかった。


「あ、いえ。部屋の前まで運んでくれたのはレイヴンです」
「むむ、レイヴンが……では今度から部屋までお茶を運ぶのは僕の役割だな」
「この城の主人であるユリウス様に、そのようなことをさせるなんて……そもそも王子様がお茶を運ぶなんて聞いたことありません」
「それはお互い様だろ」


 王子様がお茶を運ぶなんて信じられない光景だが、公爵令嬢がお茶を淹れるのも確かに聞いたこたはない。自分の状況を思い出し、ティアリーゼから思わず笑みが、くすりと溢れた。

「確かにそうですね」


 お互い笑い合う。ユリウスがティーワゴンをテーブルまで轢いてくると、カップや菓子を二人で並べた。

 ポットカバーを外して琥珀色のお茶を注ぐ。
 二人の前には、ブルーホワイトのティーカップ。

 談笑しながらお茶を飲んでいる最中、ティアリーゼは気になっていた疑問を口にしてみた。


「ユリウス様って、眠っている時も仮面を付けていらっしゃるのですね?」
「えっ」
「差し出がましい発言でした、申し訳ございませんっ」

 仮面の奥の赤紫の瞳が、驚いた色を浮かべている。口籠もったユリウスは、逡巡した様子を見せた後、形の良い唇を開く。

「呪われているんだ」
「え……」


 ユリウスの一言で、今度はティアリーゼが言葉を失う番だった。

 ──呪い。


 自身の母と、ユリウスの母は魔法大国ソレイユの出身であり、実際にこの世に魔法と呼ばれる不思議な力が存在するのをティアリーゼは知っている。

 ランベールはソレイユ程、魔法の研究が進んでいる訳ではなく、ティアリーゼも僅かではあるが魔法を使うことが出来る。

 しかし『呪い』となると話は別だ。

 魔法が存在するのだから、呪いがあっても不思議ではないとも思っている。
 ティアリーゼにとって、呪いと呼ばれる存在は身近な物ではなかった。
 お伽話や迷信として『呪い』が語られることはあるが、実際にそれを目にしたり、関わったことはない。

 実際目の前にいる『呪われた忌子』と呼ばれる王子、ユリウスだって特に呪われた様子など見受けられない。
 呪いどころか彼と出会ってからというもの、狭く暗い道を彷徨っているように感じていたティアリーゼの人生に、光が差し込んだかのように錯覚してしまう程──

 彼はティアリーゼの中で夜の月を思わせるような外見とは対極であり、太陽のような存在といって過言ではない。


 そう、ユリウスは仮面を常に装着しているのを除き、至って普通の青年である。
 そんなユリウスが重い口振りで呟いた。

「呪われていて取れないんだ」
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