初めての恋はあなたとしたい
「美花ちゃん、天ぷらとかどう?」

「うん! 美味しそう」

私の背中に手を当て、促されるように歩く。たっくんの車は空港のパーキングに停めてあったが、カフェからの移動だけなのに何故かいつもより距離が近い気がする。
気のせいかもしれない。
さっき名前を呼ばれてから意識しすぎているのか、背中に当てられた手が熱い。
車に乗せられ、スムーズに走り出した。
たっくんの好みなのか内装が革張りで座り心地がいい。揺られていると寝てしまうかもと思うくらいに包み込まれている感じがした。もちろん車自体も私でさえ知っているエンブレムの高級車。黒のボディは磨かれ、輝いていた。車高が高いRVタイプで、私の知っているアウトドアが好きな彼の好みそうな車種だと思った。
軽快に高速を走りだし、いつものように会話が弾んだ。
銀座で高速を降りると慣れているのか下道を右へ左へと曲がる。大通りから少し外れた、人通りの少ないお店のところで止まり、駐車した。
暖簾も看板もなく、和風の引き戸を開けると中から女性が声をかけた。

「あら、蔵野さん。いらっしゃい。カウンター空いてるわよ」

美咲(みさき)さん、(まこと)さん、久しぶり。今日も美味しいのを食べさせて」

何度も来ているのかお店の人を名前で呼び、親しげな雰囲気だった。私は軽く会釈をすると、店内を見まわした。

「さぁさぁ、ふたりとも座って。蔵野さん、ずいぶん可愛い子連れてきたわね」

「だろう? 美花ちゃんって言うんだ。よろしくな」

(たちばな)誠です。妻の美咲。よろしくお願いします」

ふたりは笑顔で私に挨拶をしてくれる。
慌てて私も自己紹介をした。

「前田美花です。よろしくお願いします」

私たちは案内されたカウンターに座ると、早速先付が運ばれてきた。胡麻豆腐とカニの餡がかかっている茶碗蒸しの湯気が上がっていて食欲をそそられる。
車のためアルコールは飲めないので、運ばれてきた梅ジュースのグラスで乾杯をした。

「いただきます」

手を合わせた後、箸を持ち胡麻豆腐を頂くと鼻から胡麻の香りが抜ける。茶碗蒸しも喉ごしなめらかで食欲をそそる。あまりのおいしさに無言になっていると目の前に揚げたての天ぷらが置かれた。

「さつまいもと舞茸です。この後も続きますが追加のご希望があれば声をかけてくださいね」

誠さんが声をかけてくれる。
手元には天つゆと3種類の塩を美咲さんが並べてくれる。

「岩塩とレモン、抹茶の塩です。どれも違った風味なので楽しんでみてくださいね」

「すごいですね! 楽しみ」

早速さつまいもに岩塩を添えて一口、口に入れた。旬のさつまいもの甘みが塩で引き立てられている。美味しい……。続けて舞茸もいただくが、サクサクとした衣が味を引き立てる。続けて銀杏や栗と旬のものが続く。どれもこれも美味しくて箸が止まらない。

「美花ちゃんは相変わらずだな」

ハッとすると、隣でたっくんは笑いながら私を見ていた。
すっかり料理にのめり込み、会話を楽しみながらなんてかけらもなくパクパクと食べていたことに今気がついた。
恥ずかしくて思わずむせこんでしまった。

「大丈夫か?」

背中をさすられ、渡されたお茶を流し込んだ。

「う……うん。ごめんなさい」

「いや、相変わらずの美花ちゃんで安心するよ。本当にここは美味しいから気に入ってくれたのなら嬉しいよ」

私は何をしに来たのかさえ忘れ、カウンターで次々と出される天ぷらに舌鼓を打ってしまっていた。
緊張していたはずなのに、どうしてこんななんだろうと自分が情けない。
あんなに勇気を出して、告白しようと思っていたのにたっくんを前に自信がなくなり、そう思っていたのに何故かご飯を前にしてたっくんのことは忘れてしまう。
恋愛なんて私にはまだ無理なのかも、とほとほと自分に呆れてしまう。
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