甘い甘い神様の溺愛は、ときどき怖くて、いじらしい。
──妹の姫華は、神力と呼ばれる異能に恵まれて生まれた。
神力とは、言ってみれば魔法の力。
精霊や物の怪、時には神といった存在と契約するのに必要な力のことだ。
最近は何かと契約できるほどの神力を持たない者が多いそうだが、そんな者でも、神術と呼ばれる技を修めれば様々な奇跡を起こすことが出来る。
そんな異能力者達は、古くから「神子」と呼ばれてきた。
神子にはかつて迫害された歴史があるため、今も力をひけらかさずに生きるのが一般的になっている。
だが、その力は国家守護には不可欠なものなのだそうだ。
そんなわけで現代日本において、貴重な神子達はすべて政府の管轄下にあった。
政府に認められる異能力者、“神子”。
人間社会での地位の高さに直結する強大な力。
その有無が家族内の亀裂を産むことは……実に、自然だった。
「お前は神力を持たぬただの一般人、すなわち“土”だ。だが姫華は特別な階級である、“四赤輝(しせっき)”なのだ。姉であるというだけで有能な妹を威圧し、嫌がらせをするなど信じられん……オイ、聞いているのか!?」
「はい、お父様」
反射でそう答えた瞬間。
父が顔を真っ赤にして立ち上がり、私の頬をバシンと激しく打った。
耐えきれず、どたっと廊下に倒れ込む。
「話を聞いているならそんな淡々とした返事はできぬはずだ!! この恥知らずめが……っ。父たる私の言葉も届かぬと見える。しばらく謹慎していろ!」
「……かしこまりました」
打たれ、燃えるように熱い頬を手で抑えたくなるが、我慢して床に手をつき頭を下げる。
私の土下座のような姿勢を見た父は、高揚した様子でフンと鼻を鳴らした。
「謹慎は一週間だ。その間もいつも通り、姫華の神具作りの下準備をするのに加え、よく精進潔斎をするように」
「……はい」
「ッフン。お前など、妹が穢れなく生まれるため、あらかじめ母親の体からはじき出されたゴミにすぎないのだ。濾過の過程の副産物……。だが精進すれば、姫華にあやかって米粒程度は神力が芽生えるやもしれん。精々励むように」
「……かしこ、まりました」
酷い言葉に傷つくはずの心は、もはや鈍感になった。
それよりも「精進潔斎」が、まずい。
神子の世界における精進潔斎とは、神に仕えるために飲食や不浄を徹底的に避ける期間だ。
一週間の精進潔斎……その間に与えられる水、塩、米は、本当に最低限になる。
一週間とは言っているが、父の機嫌次第で期間はどんどん長くなる。
寝て過ごせれば何とかなるかもしれないが、そうではないのだ。
予想されるこれから一週間のルーティン。
まずは朝、使用人たちにクスクスと笑われながら、屋敷の水周りの掃除をする。
それから、禊──つまり野外の泉で儀式的な水浴びをして、それから部屋に戻り、「神具」と呼ばれる道具達を形だけ作り続ける。
もちろん神具に神力を込めるのは姫華だから、作ったのは姫華ということになり、私に賃金は一切発生しない。
そんな虚しい作業を夕刻まで続けてから、水と、少しの塩をかけたお茶碗半分ほどの白米を食べて、もう一度水周りの掃除をして就寝。
こんな所だろう。
今のような冬は泉の水が凍っていたりする上、自室にはもちろん暖房器具などない。
オーバーに聞こえるかもしれないが、私にとっての禊と仕事は、本当に命懸けに近い。
これで重い風邪を引いたのも一度や二度では無いのだ。
……今年は、無事に冬を越せるだろうか。
そう思うほど。
静かに死を感じるのが、我が家の、私だけに課せられた「精進潔斎」だった。