「あなたが運命の人を見つける前に、思い出をください」と一夜を共にした翌朝、私が彼の番なことが判明しました ~白銀の狼公爵の、一途すぎる溺愛~
 そして、グレンとルイスが婚約してすぐの頃、ルイスは偽物だと主張して騒動を起こしたカリーナは。

「やあお嬢さん。また来てくれたんだね」
「はい! ここのパン、大好きなので」

 パン屋の主人に向かって、カリーナが満面の笑みを見せる。
 彼女は、自身の番の近くで、平民として暮らしていた。
 洗練された身のこなしと容姿のおかげで、なんとか仕事にもありつくことができている。
 この町のやや高級な飲食店が、彼女の職場だ。

 彼女が住む場所は、獣人と人間の争いも発生する土地であり、迫害を受けることも少なくはない。
 初めのころなど、カリーナが母国を追放された獣人であることを知った者たちが、彼女を罵倒することもあった。
 新しい土地に馴染んできた今でも、「嘘つきウサギ」と子供にからかわれる日もある。
 獣人が食べ物を扱うなんて、毛が入ってるんじゃないか、と怒鳴られたり嘲笑されたりすることもある。
 逆に、彼女の容姿や立ち居振る舞いを気に入って、店の常連となった者もいる。

 国の作りの違いに加えて、暮らしもがらっと変わった。
 一国のトップクラスの身分の者として生まれた彼女にとって、平民の暮らしは苦痛なもののはずだ。
 しかし、番を見つけた獣人ならば、それらのことは苦にもならない。
 番のそばにいられる喜びは、全てを上回る。

 カリーナの気持ちは、相手の男性には届いていない。
 彼は獣人ではなく人間で、既に家庭を持っていたのだ。
 彼が、カリーナを見ることはないだろう。
 そのことは、カリーナ自身も理解していた。

 けれど、それでもよかった。
 自身の番が、幸せに暮らしているなら。
 結婚などできなくとも、こうしてたまに話すことができるなら。
 それだけで、カリーナは幸せだ。
 これっぽっちもつらくないと言えば、嘘になる。
 しかしこれも、獣人が番に向ける愛の形の1つだった。
 自分のことを見てもらえなくても、番さえ幸せであれば、それでいいのだ。
 二人の関係は、パン屋の店主と常連客。
 この先も、この関係が変わることはないのだろう。


 カリーナが他国で平民として暮らしていること、番を見つけたものの、相手が既婚者で、生涯片思いに終わることは、ルイスとグレンも知っている。
 初めてその話を聞いたときは、なんと言ったらいいのかわからず、ルイスは言葉を失い。
 グレンは、「彼女はそれでも幸せなんだよ」と静かに話した。
 
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