転生したら伯爵令嬢でした(ただし婚約者殺しの嫌疑付き)。容疑を晴らすため、イケメン年下騎士と偽装恋愛を始めます!

12

(一体どうして、今まで忘れていたのだろう……)



 私は、その場に呆然と立ち尽くした。脳裏には、あのパーティーの日の光景が、次々とフラッシュバックしていた。



 ――諦めたような表情で、エメラルドのブローチを見つめるモーリス。

 ――自分が主役のごとく、我が物顔で振る舞うローズ。

 ――私のことなどほったらかしで、ローズを青年貴族らに売り込む、お父様とバルバラ様。

 ――気の毒そうに私をチラチラ見る、出席者や使用人たち。



 本来なら祝福される主役のはずなのに、私にとっては苦痛なひとときでしかなかった。私は壁の花状態で、一人ぽつんとしていた。



(いつもなら、ドニ殿下が声をかけてくださるのに)



 こんな場面で、殿下はいつも私を気遣ってくださるのだ。しかし、さりげなく捜しても、彼の姿は見当たらなかった。



 その時私は、バール男爵が姿を消していることに気付いた。先ほどまで彼は、婚約者の私を無視して、他の女性にちょっかいをかけたり、有力者にすり寄ったりしていたのだけれど。



(迷子にでもなってらっしゃるのかもしれないわ……)



 私は、男爵を捜しに、パーティー会場を出た。うろうろしていたその時、うめくような男性の声が遠くから聞こえた。



(バール男爵……? ご気分でも悪くなられたのかしら……?)



 私は、声が聞こえた方向へ走った。どうやら発生源は、使われていない客間のようだ。どうしてそんな所に、という疑問もかすめたが、取りあえず私はそこへ急いだ。



 客間の前まで来ると、扉は少し開いていた。おそるおそる中をのぞき込んで、私は目を疑った。



 バール男爵が、血まみれで床に横たわっていたのだ。そしてその傍らには、怯えきった表情のシモーヌ夫人と、ドニ殿下が立っていた。



(どういうこと? 何が起きているの……?)



 思考が、フリーズする。そして次の瞬間、ドニ殿下は、右手を大きく振りかざした。その手には、刃物が握られていた。



「助け……」



 シモーヌ夫人が、逃げ出そうとする。そんな彼女の背中に、殿下は、表情一つ変えずに刃物を突き立てた。大量の血しぶきが舞う。



 微かな悲鳴と共に、夫人は床に倒れ込んだ。ドニ殿下は、うっとおしいとばかりに、顔に浴びた返り血を拭われた……。



(これは、恐ろしい夢だわ)



 私は、思った。あのお優しい殿下が、こんな真似をするなんて。そして私は、それきり気を失ったのだった……。
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