転生したら伯爵令嬢でした(ただし婚約者殺しの嫌疑付き)。容疑を晴らすため、イケメン年下騎士と偽装恋愛を始めます!

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「あ、あ、あ、アルベール様!?」



 言った後で、いくら何でもどもり過ぎだわ、と恥ずかしくなる。声の主は、ミレー公爵のご長男で、王立騎士団に所属される、アルベール様だったのだ。艶やかな黒髪と、同じく漆黒の澄んだ瞳が印象的な美丈夫で、令嬢たちの憧れの的である。そんな方に気遣わしげに話しかけられたのだから、つい声が裏返りもする。……とはいえ彼は二十歳で、私より三つも年下なのだけれど。



「ご気分でも悪いのですか?」

「いえ……」



 かぶりを振りながらも、あれ、と私は思った。現在の状況が、全く把握できないのだ。ここが我が家・サリアン邸内ということはわかるが、なぜ廊下で倒れていたのか。そもそもアルベール様は、どうしてここにいらっしゃるのか。屋敷を訪問するほど、彼はサリアン家と親交は無いはずなのだけれど……。

 

その時、アルベール様の動きが止まった。彼の視線は、目の前の部屋の内部へと注がれていた。



「何か……?」



 不思議に思って、私も室内をのぞき込んでみる。そのとたん、目を疑った。部屋の中央では、二人の人間が倒れていたのだ。どちらもうつ伏せで、一人は男性、もう一人は女性のようだった。……そして床には、おびただしい量の液体が流れている。



(赤黒い……。まさか……?)

 

 ひいっと悲鳴が上がるのを、私は抑えられなかった。アルベール様は、冷静に中へと駆け込んで行く。彼は、血を踏まないよう、器用に二人の元へ近付くと、手を取った。ややあって、黙って首を横に振る。



「……死んでいますね」

「――何ですって?」



 私は、あわてて駆け寄ると、おそるおそる二人の顔をのぞき込んだ。それは、実によく知っている男女だった。



「――嘘でしょ」

「あなたの婚約者のバール男爵と、愛人のシモーヌ夫人、か」



 アルベール様は、じろりと私の顔を見た。



「あなたが()ったのですか?」

「まさか……」



 違いますわ、と言いかけて、私は言葉に詰まった。



(違うと、言い切れるの……?)



 なぜここで倒れていたのか、私は思い出せないではないか。いや、それどころか、今朝からの記憶が無い……。



「記憶が、ありませんわ」



 私は、思わずそう漏らしていた。そんなことを言えば、疑われるに決まっているのに。でも、アルベール様の鋭い眼差しを前に、誤魔化すことはできない気がしたのだ。



「記憶が……?」

 

アルベール様が、眉をひそめる。



「けれど、俺のことはわかりましたよね。この二人のことも。一体、いつから記憶が無いのです?」

「ええと……」



 私は、必死に頭を巡らせた。
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