Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜

#5. 桜の会

4月の上旬、アンドレイから頼まれていた日本大使館主催の桜を楽しむ会が開催された。

4月だというのに、プラハはまだまだ肌寒い。

日中の最高気温は10℃前後で、朝晩は5℃を下回ることがほとんどだ。

カタリーナによると、5月になれば少し暖かくなり、6月からは半袖で過ごせるくらいの気候になるそうだ。

こんな寒さなのに、不思議なことに桜はもう満開になり見頃を迎えていた。


今日私が訪れているのは、プラハの中心地にある日本大使館だ。

プラハ城やカレル橋といった有名観光地にも近い場所に位置するここは、敷地内に桜の木がある。

その桜を建物の中から眺められるホール内で立食式のレセプションパーティーが開かれていた。

ホール内には、ドレスアップした男女が挨拶をしながら、会話を楽しんでいる。

日本人ももちろんいるが、意外と現地のチェコ人の方が多いようだった。

『環菜、緊張してる?今日の環菜はドレスアップして誰よりも綺麗だから自信持って!』

アンドレイが私の顔を覗き込んで、私を励ますように声をかけてくれる。

私は安心させるように微笑み返した。

今日の私は、桜にちなんで淡いピンク色のサテン素材のドレスを身に纏い、胸下まで伸びる髪は、後れ毛を散らしたシニヨンにしてまとめている。

『それにしても、なんだか環菜はこういう場に慣れている感じがするね。ドレスも着こなしているし』

感心するようにアンドレイが頷いた。

それもそのはずだ。

なにせ私は女優としてこういう場に何度も出席する機会があったし、役としても演じたことがあった。

(そう、今日もこれは演技の場だと思えばいい。誰も神奈月亜希だと分からないくらい、違う雰囲気の人物を演じよう。清純派とか癒し系とは程遠い、上品で洗練された大人の女性で、アンドレイのパートナー役だ)

私は軽く瞼を閉じると、演技プランを組み立てていく。

こうやって役に入り込んでいくのが私の習慣だった。

目を開けた時には、私はもう別人なのだ。
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