Ray -木漏レ日ノ道へ-
皮膚を裂く痛みはほんの一瞬のこと。
吸血される感覚は例えようがないくらいの多幸感で、溶けてしまいそうな気さえしてくる。

「血吸われるのって気持ち良い?」

一度唇を離して尋ねられ、私は返事の代わりに彼の腕へとしがみつく。
自身の唇に付着した私の血を舐め取る彼は、ただただ美しかった。

「くすぐったい……」

「もうちょっとだけ我慢して。服汚したくないでしょ?」

再び私の肩口へと唇を寄せた彼は、流れ出た血液が零れないように舌を這わせた。

**

すっかり冷めて乾燥してしまったパスタにラップをかけて冷蔵庫にしまい、窓辺にいた彼を盗み見ようとして失敗──目が合ってしまった。

「ん? オレと契約したくなった?」

彼の口から契約という言葉を聞いて、咲子に以前教えて貰った話が頭をよぎる。

彼は知らないのだろうか。契約を交わすことで、いつか自分が死んでしまうことを。

それを問う勇気はなく適当にはぐらかそうとして背を向けた時、すぐ後ろに彼の気配を感じた。

「朱里さん、こっち向いて?」

いつになく真剣な声に動けなくなってしまう。

「ねえ、朱里さんはどうしてまたオレに血をくれたの? 可哀想だから?」

「……それだけの理由で自分の血を与えられるほど、私は人間できてないよ」

「じゃあ、オレのこと好きだから?」

相手はヴァンパイア。人間じゃない。
そもそも吸血行為に依存作用があるだけで、私は本当に彼のことが好きなのだろうか。

頭で考えれば考えるほど、わからなくなってくる。
光琉と同じ外見である理由だってまだ聞けていない。

「こっち向いて」

もう一度言われて腕を引かれ、ゆっくりと振り向いた私の目の前に彼の整った顔が迫っていた。

「オレは朱里さんと同じ時間を生きたいと思ってる」

「……レイくんは、契約したらどうなるか知ってるの?」

「もちろん、自分のことだからね」

まっすぐな瞳に射抜かれて、息をするのも忘れそうになる。

「契約を成立させるにはもうひとつ条件があってさ。ヴァンパイアが、相手の人間と共に生きたいっていう強い思い」

「だって、そしたらいつか死んじゃうんでしょ……?」

「それは人間と同じことだよ。オレはこの先も君といたい」

彼の右手の長い指が私の髪に差し込まれ、左手は頬に添えられた。

「嫌なら今、突き飛ばして」

「……ずるいよ」

そんなこと、できるわけがなかった。
静かに重なる唇。

離れては何度も求められ、それは次第に深く、天国へと堕ちていくように。
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