さよならの春 ぼくと真奈美の恋物語

4. 涼子と、、、

 涼子はと言うと、ぼくが何かやるたびに驚いたり唖然としたり怒ったりしている。
「山下さん、また考えてませんか? 言ったでしょう? 私が居るんですよ。」 「ごめん。」
「ごめんじゃありません。 何回言ったら分かってくれるんですか?」 「いや、、、その、、、。」
「一度、私も真奈美さんのお墓に行きます。」 「行ってどうするの?」
「はっきり言うんです。 もう関わらないでくれって。」 「そんなことしたら、、、。」
「じゃないと、いつまで経ってもこのままですよ。 いいんですか?」 涼子は思い詰めている。
一緒に働いている彼女でもここまで真剣に訴えてくるのは初めてだ。

 店を出て歓楽街を歩いてみる。 飲み屋の看板に酔ったおっさんがもたれている。
街角ではストリートミュージシャンが気取って歌っている。 遠くでは救急車が忙しく走り回っている。
老いた犬の遠吠えが聞こえる。 一人暴走族が勝ち誇った顔で走り過ぎていく。
(本気で真奈美とさよならしなきゃいけないのか、、、。) 足が重くなってしまう。
次の瞬間、、、。 ぼくは遠くへ跳ね飛ばされて意識を失ってしまった。
次に目を覚ました時、ぼくはベッドの上に寝かされていた。 「気が付いたか、、、。」
見覚えの有る顔がぼくを見詰めている。 (この人は誰だろう?)
声も聞き覚えが有るのだが、名前が出てこない。 「内山さんも来てるぞ。 分かるか?」
吉川さんはそう言うと涼子を傍に呼んだ。 「山下さん 分かりますか? 内山です。 涼子です。」
頷いては見るが名前が出てこない。 二人はしばらく話をしてから母さんと入れ替わりに病室を出て行った。
どうやら、後ろから来た車に跳ね飛ばされたらしい。 ケガはそうでもないが、頭を打って居るから記憶が飛んでいる。
それからしばらくの間、吉川さんと涼子は昼休みに見舞いに来てくれていた。
「気分はどうですか?」 「だいぶいいみたい。」
「心配しましたよ。 私のことが分からなくなるんだもん。」 「ごめんね。 心配させちゃって、、、。」
「いいんです。 大事な人が元気になってくれただけで。」 「大事な人?」
「そうです。 私にとって山下さんは大事な人なんです。」 涼子は泣きそうな顔をした。
 ぼくはカレンダーを見て驚いた。 「10月だって思ってたら、、、。」
「何言ってるんだい。 あんたが事故に遭ってから一か月経ってるんだよ もう。」 母さんは湯呑を洗っている。
「そうなの?」 「そうだよ。 事故だって連絡が入ってから家中大変だったんだからね。」
 最初の一週間は父さんと母さんが交代で泊まり込んでくれていたらしい。 「お父さんも心配してたんだから、帰ったら肩でも揉んでやるんだよ。」
「うん。」 「それから吉川さんたちも来てくれてたろう? お礼を言うんだよ。」
「分かってる。」
窓の外には冬の気配が迫ってきていた。 「もうすぐ紅葉も見納め化。 行けなかったな。」
サイドカーを借りてきた涼子があれほど楽しみにしていたのに残念だ。
 ぼくが退院したのは11月も中旬になってからだった。 「お帰りなさい。」
トーマスに出勤すると涼子が待ちわびた顔で駆け寄ってきた。 「内山さん、、、。」
「いえ、涼子って呼んでください。」 「それはまだ、、、。」
「何ですか? まだ真奈美さんに未練でも?」 「そんなんじゃないけど、、、。」
「じゃあいいでしょう? 涼子って呼んでください。」 「涼子、、、。」
「山下さん、一緒に頑張りましょうね。」 その日から彼女は以前に増してぼくに寄り添うようになった。
「何照れてるんですか?」 「こんなにくっ付いたら、、、。」
「いいでしょう?」 「でもなんか、、、ねえ。」
「本当に恥ずかしがり屋なんだから、、、。」 「そんなこと言ったって、、、。」
出勤時間も互いに申し合わせたように待ち合わせているし、帰りも二人揃って店を出る。
店を離れると腕を組んで歩いている。
「あいつらさあ、事故に遭ってから仲良くなったよな。」 吉川さんも嬉しそうに原田さんと話している。
あの自転車はまだまだ借りたままだ。 乗れそうにない。
「無理しないでくださいね。 冬の間は私でも自転車は怖いから。」 「分かってる。」
「これ以上、ケガをされたらどうしていいか分からなくなるから、、、。」 「そうだよね。」
「ただでさえ運動神経悪すぎるんですからねえ。 山下さんは。」 「おいおい、そりゃ無いよ。」
 時々は歓楽街を並んで歩く。 真奈美とはこんなことしなかったなあ。
なぜかって? 子供だったから。
「こうして歩くのもいいもんですねえ。」 隣に居ると長い髪から仄かにコロンが香ってくる。
ずっとバイクで来ていたのに、この頃はバスで来てるんだってさ。 「だって、バイクで来ちゃうと山下さんと話せないじゃないですか。」
昼食を食べながらそう照れている涼子はなぜか可愛い。
 朝、ぼくがバスを降りると涼子がバス停で待っている。 「おはようございまあす。」
「おはよう。 待った?」 「いつものことですよ。」
「またまた、、、。」 「今日は在庫の整理ですね?」
「おっといけない。 忘れるところだった。」 「主任なんだからしっかりしてください。」
涼子は笑いながらぼくの肩をポンと叩く。 店も涼子も変わっちまったな。
ぼくにはそれが嬉しいのか寂しいのか分からなかった。

 終業後も従業員出入り口を出たぼくらは角っこまで行ってから腕を組むんだ。 涼子はなんか嬉しそう。
「山下さん 恥ずかしがり屋なんだから、、、。」 「だってさ、、、。」
「店長公認なんですよ 私たち。」 「そうなの?」
「ちょっと、言いふらし過ぎですけどねえ。」 涼子は幸せそうだ。
こんな嬉しそうな涼子を見たことが無いよ。 ぼくでさえそう思うほどにね。

 「さてさて、今年も年末の売込みだ。 頑張れよ。」 吉川さんは年末になると鉢巻をする。
何でそうするのかは誰も知らない。
本人曰く「新年は気合を入れないと迎えられないんだからな。」だって。
分かるような分らないような、、、まあいいか。
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