あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

7. 早瀬さんの送別会


 晩夏を迎え、とうとう早瀬さんが新店舗へ移る時がやってきた。まだ暑い日は続いている。異動を聞いた当初は『知っている人が減ったら寂しくなる』なんて思いもしたが、今はそんな感情もなりを潜めている。むしろ、色々あったからか、『いなくなることに対してホッとしている』というのが本音だ。
 ああだこうだ言われるのも嫌だし、別に険悪な雰囲気になりたいわけでもないから、思っていることは言わないまま見送る予定である。楽しい雰囲気で送り出された方が、本人も気分が良いだろう。……言ったところで、本人は意にも介さないかもしれないが。

「千景ちゃん、もちろん送別会には来てくれるんだよね?」
「あ、はい、そうですね。みんなも行きますし」
「やっぱり、俺がいなくなって寂しい?」
「一時的に人手が減るので忙しくなるかもしれませんが、相崎さんも増員を約束してくれたので安心しています」
「あ、そう……」
「そうですね」

 『寂しい』とか『困る』とか、そう言う類の言葉を求めていることが手に取るように分かる。声のトーンも話し方もいつもと変わらないつもりだが、早瀬さんのテンションは明らかに下がっていた。

(ぜっっっったい望む言葉は言いませんからね……!?)

「……盛り上がったら、二次会とか行くのかな?」
「どうでしょうね? 翌日月曜ですし、学生組と朝からのシフト組は、なかなか難しい気がしますね」
「みんな来なかったら、俺と千景ちゃんで2人で飲み直しちゃったり!?」
「私は月曜朝イチの授業なので、一次会で失礼しますね」
「……つれないなぁ……」
「相崎さんが喜んで行きそうですよね!」
「……そうじゃないんだけどさー」

 望み通りの言葉が出ないからか、早瀬さんは少し不機嫌になってキッチンへと入っていった。

(……あからさま過ぎたかな……)

 月曜朝イチに授業をとっているのは本当だが、その日は教授がフィールドワークでおらず、休講になっている。だから授業自体は無いのだが、当然そのことには触れない。うっかりでも口を滑らさないように注意するし、他の人の口から伝わるのを避けるため、念のために誰にも言っていない。

 ――私にはこんな調子だが、なんだかんだ仕事は手広く正確に素早く出来る人である。特に手伝うことも多いキッチンからは惜しむ声も多く、異動の延期の話まで出たくらいだ。

 黙っていれば顔も良く、爽やかな風貌だからか、パートのおばさま達に人気があった。女性には分け隔てなく優しいようで、おばさま達も例外では無い。嫌な顔せず、ニコニコとお願いことも聞いているのは知っているし、お客様に対してのあたりも柔らかく、見習うべき部分はあった。

(それだけなら良かったんだけどね)

 強引に誘われるという出来事は、私の中で早瀬さんに対して最後まで暗い影を落とす理由になった。もっとポジティブで、友好関係が増えると考えられる人間だったら、もしかしてそんなこともなかったのだろうか。

(……なんたっけ……? パリピ……? 的な……?)

 誰かに『寂しい』と言って欲しいのか、早瀬さんは色んな人に『いなくなったら寂しいか』どうかを聞いて回っていた。途切れ途切れだったが、色んなタイミングで聞こえてきた。聞き耳を立ててみたら、概ね男性陣は寂しい、困ると回答したようだが、年下の女性陣はそうではない回答だったらしく『女の子達が優しくない』とぼやいていた。
 キッチンのおばさまは、『寂しくなる』と答えてくれたのだから、十分だと私は思った。

 きっと、女性関係のことが無くて、私自身何も誘われたりしていなかったら、最初に聞かれた時のように今もちょっと寂しいと答えたかもしれない。全ては早瀬さんの行動が元になっているのかよく分かる。

 そんな早瀬さんの送別会は、滞りなく行われた。キッチン、ホール関係なく、普段は本社にいるエリアマネージャや部長さんまで参加していた。後から知ったが、飲食以外も出掛けていて、大元の会社自体はそこそこ大きいらしい。各店舗は小さめに、幾つも作りたい結果こうなったようだ。
 いつもと違う顔ぶれに新鮮さを覚えながら、色々あったとは言え、一人知っている人がいなくなる事実への寂しさに、思いを馳せる。例えそれが、少々問題のある人だったとしても、『いなくなる』ということに変わりはなく、自分の苦手なイベントだった。
 手のひらを返したわけでは無い。ただ単に【別れ】という【喪失感】が怖いだけなのだ。だから、卒業式やお葬式は苦手だ。そこに、明らかな別れがあるから。

「みんな、今日は来てくれてありがとね。こんなにいっぱい来てくれるとは思わなかった」
「ほんとに早瀬さんいなくなっちゃうんだね。月変わったらいないんだ、変な感じ」
「広絵も寂しく思う?」
「全然? 別に早瀬さんいなくなっても、広絵寂しくないよ? そのうち新しい社員さん来るだろうし」
「あっさりしてるなー」
「そういうもんじゃない? っていうか、どんなのが良かったの?」
「『寂しくて死んじゃう』とか、『私を置いて行かないで!』みたいな」
「……そんなこと言うキャラ、このお店に一人も居なくない……?」

(それはごもっともだわ、広絵)

 広絵の回答に、思わずクスリと笑ってしまう。
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