あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

9. 正装と二次会と


 佳代さんの結婚式まではあっという間で、すぐにその時がやってきた。

(大丈夫かな、変じゃないかな)

 初めて、結婚式の二次会に参加する。流石に年齢的に大学3年、まだ自分の周りで結婚の話は出ていなかった。
 結婚式と披露宴なら、身内のものに参加したことがある。と言っても、当時は高校生だったから、ドレスコードを気にすることなく、制服を着て行ったっけ。

 膝丈の綺麗めワンピースに、悩んだがタイツを穿く。そこまで気にしなくても良いと言われたのと、カジュアルでも構わないと気をかけてもらったからだ。足元はヒールが低めのパンプスに、上にはアイボリーのコートを羽織った。

(髪型、おかしくないかな……?)

 3年生になって伸ばし始めた髪の毛。誰にも言っていないが、以前航河君が『髪の毛の長い人が好き。んで、ゆるっとした感じのウェーブ』と言っていたからだ。そんな理由で伸ばすのかと思われるかもしれないが、結果はどうあれ好きな人の理想には近付きたいものである。
 まだまだロングには足りないが、ハーフアップ出来る程度には伸びた。ワンピースに合うようなバレッタを付けて、ピアスはあいていないから、代わりにイヤリングをつける。
 バッグは悩んだが、無難そうなライトグレーのハンドバッグにした。

「ヤバい、緊張してきた!」

 会場の最寄駅で航河君と待ち合わせをする。最初に話した時と変わらないならば、航河君はスーツで来るはずだ。

(絶対カッコイイよね、分かってる)

 広絵と航河君はこのお店のオープニングスタッフらしく、数年仕事をしている。高校生も採用しているため、大学の入学式の日、彼はお店へ遊びに来たらしい。私はその時まだバイトに入っていなかったが、広絵が一緒に撮った写真を見せてくれた。多少の若さがあったものの、その時と恐らく変わっていないだろう。それを見て私は『スーツ似合うな、カッコイイ』と、そう思った。
 
(……成人式で着る奴、一足先に見られるって、ラッキーなんじゃ?)

 そう考えたら、思わず鼻歌でも歌ってしまいそうになった。これだけで上機嫌になれる自分は、随分とチョロいものだ。

 チラリと腕時計に目をやる。少し早く着きすぎてしまったため、航河君はまだ来ないだろう。特に暇つぶしをできるアイテムも持っていないし、出来ることと言えば携帯でゲームをするか、ネットサーフィンをするかくらいだ。お店も近くに見られるが、ウィンドウショッピングをするには時間が足りない。

「……あ、千景ちゃん?」
「航河君!」

 ビックリした。航河君も早く来すぎてしまったのだろうか。

「随分早いね?」
「それはこっちの台詞。ヒールで来るだろうから、あんまり待たせない方が良いかなと思って。結局待たせちゃったけど。ごめん、行こうか」
「電車乗り遅れたらやだなと思ったら、一本早いのに乗れちゃったんだよね。ううん、早く来てくれてありがとう」

 航河君の優しさが胸に沁みる。私達は足並みを揃えて会場へと向かった。

「今日結構印象違うね」
「普段ジーパンが多いからかな? パーカーも楽だし」
「髪型も、ハーフアップとか珍しい」
「バイト中は髪の毛堕ちるといけないし、この髪型出来ないんだよね。それに、ちょっと伸びたからやってみたかったの」
「良い感じ。似合ってると思うよ」
「! ありがとう……!」

(やった! 褒められた……!)

 『似合っている』のたった一言が凄く嬉しい。結婚式の二次会とはいえ、このためにやった感も否めなかった。

「こ、航河君も。スーツ、似合ってるね」
「俺くらいになると、何着ても似合う? みたいな?」
「……褒めて損した」
「そんなこと言わないで!? これ、まだ美織ちゃんにも見せてないんだよね。一緒に見に行った家族だけ。千景ちゃんが家族以外は初めてだよ」
「あれ、そうなの?」
「うん。一番最初に見られるなんて、千景ちゃんラッキーだね?」

 航河君はニコニコしている。本当にそう思っているのだろう。

「ふっ……ふふっ……。そ、そうだね、ラッキーかも」
「何でちょっと笑ってるの?」
「いや、自分で言うかな? と思って。……いや、うん。……言うね、航河君は。……くくくっ……ふ、ふふっ」

 自分の中で自問自答した結果、小さな笑いが止まらなくなってしまった。

「……そんなに笑うとこ?」
「ご、ごめん……あはは、なんか、思った通りの台詞だな……って思ったら、ちょっと、面白くなっちゃって……」
「ストップストップ! 笑いすぎ!」
「ご、ごめ……ふふふ……」
「もー!」

 怒っているような素振りを見せるが、これは怒っていない。だから、私は安心して笑った後に落ち着くことが出来た。

 会場まではそう遠くない。ゆっくり歩いても十分間に合うだろう。

「……あれ? その紙袋、何?」
「あ、これ? スパークリングワイン」
「え!?」
「二次会だけど、何もお祝い用意して無かったからさ。急だし、学生だし、お金よりも物の方が良いかなと思って」
「抜かりない……! ちょっ、そういうのは教えてよ……!」
「……便乗する?」
「する!」
「ペアグラスとかは貰ってそうだから、その使い道にちょうど良いでしょ? 佳代さん、お酒好きだし」
「流石千景ちゃん! 俺参加することばっかり考えてて、そこまで気が回らなかったや」
「私も今日買いに行ったから、ギリギリだったよ」
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