黄昏色の街で
 桜井さんはというと何も無かった顔で店を出ていった。 佳代子は肉野菜炒めを美味そうに食べながら窓の外を見ている。
「何か居る?」 「今日は何にも居ませんねえ。」
「いつもは居るの?」 「あの電線にカラスが3羽止まってるんですよ。 親子かなあ?」
「電線にねえ、、、。」 ラーメンを作っていた親父さんが厨房から出てきた。 「この辺にはカラスの酢が在るんだよ。 その辺でいつも親子喧嘩をしてら。」
「親子喧嘩? 見てみたいなあ。」 「見れるようなもんじゃないよ あれは。 何を言ってんだか分かんないんだから。」
「それもそうね。」 佳代子はまた肉を頬張った。
 そこへ営業の連中が疲れた顔で入ってきた。 「外回りの連中だな。」
「そうなんだ。 見ない顔が居るなと思ってました。」 営業の3人はカウンターに座るとそれぞれにラーメンを頼んだらしい。
 「そろそろ出ようか。」 「そうですねえ。 お腹もいっぱいだし、、、。」
私が金を払うと佳代子はまたまたくっ付いてきた。 「おいおい、噂になっちまうぞ。」
「いいんです。 私は小林さんのお嫁さんだから。」 「その気だね?」
「そうなんですよーーー。 美味しい間にしっかり食べてくださいねえ。」 「またまた、、、。」
 こうして賑やかに歩きながら公園にやってきた。 桜井さんは居ないようだ。
隅っこのベンチに二人並んで座っている。 何処から見ても親子?である。
 この辺りは通りからちょうど陰になっていてどうかしたらホームレスも寝転んでいることが有るそうだ。 若い頃、二次会の帰りにこの辺を歩いたことが有る。
(誰か居るな。)と思って公園を覗いたら酔っ払ったアベックがベンチに寝転んで絡み合っていた。 あの二人はそれからどうしたんだろう?
 さすがにいかれた連中は集まってこないらしい。 まあ周りには何も無いし面白くないよなあ。
佳代子は私にくっ付いたままで安心しきったように寝息を立てている。 (こんな所で寝ちゃって、、、。)
 でもなぜか起こす気になれなくてそのままにしてある。 こうするのもいいもんだなあ。
 さてさて午後になりました。 相変わらず私たちは二人並んで仕事をしております。
書類も運ばれてきて二人揃って溜息を吐きながら、、、。
 「売掛もこんだけ有るのよねえ。 大丈夫なのかなあ?」 「うまくやるんじゃないの?」
「だといいけど、、、。」 「営業だったら任せとこうよ。 こっちからこう言ったってその通りには動かないんだから。」
「それもそうですね。 頭だけは良さそうな人たちだから。」 私はそこで一休みすることにした。
 佳代子の後ろに立ってみる。 「ツンツンは無しですよ。」
ニコッと笑う佳代子の脇を擽ってみる。 「ダメだってばーーーー。 お父さん。」
「とか言って本当は喜んでるんだろう?」 「小林さんじゃないから。」
「何だそれ?」 「小林さんはドmでしょう?」
「そうかもなあ。」 「いえいえ、確実にドmですよ。」
「佳代子ちゃんだって負けてないじゃん。」 「じゃあ似た者同士ってことですか?」
「そういうことになるなあ。」 「そっか。 似てたのか。」
 いつもいつもこんな調子で仕事をしているこの部屋は他の部署からすれば何とまあ平和に見えることか、、、? 親子漫才だとか何とかっていいように言われているこの部屋で二人は今日も働いているのである。
3時を過ぎると佳代子がお茶を入れた。 「もちろん小林さんも飲みますよね?」
「飲むけどどうして?」 「珍しく集中してるから飲まないかと思って。」
「うーーーん、それは無いだろう?」 「入れてあげないとまたまた意地悪するからなあ。」
「おいおい、それは無いよ。」 そう言いながら頬っぺたをツンツンしてみる。
「ほらやってきた。」 「グ、、、。」
 「早く捕まえてくださいね。」 「もう捕まえてるよ。」
「うっそだあ。 私まだ捕まってませーん。」 逃げようとする佳代子を引き寄せてみる。
 そしたら佳代子が勢い良く飛び込んできた。 「オワ、、、。」
「エッチーー、エッチーー、真昼間から襲われるーーー。」 「何だい、自分から飛び込んでおいて。」
「小林さんが引っ張るからいけないんですよ。」 「捕まえろって言ったじゃない。」
「言ってません。」 「「このこのこの、、、。」
 もがいている佳代子の脇を擽ってみる。 「ワー、食べられるーーー。」
「じゃあ今夜にでも食べてあげようか?」 「今すぐ食べてくださいな。」
「それは無理。」 「何ですか? ここまで私を煽っておいて?」
「自分で突っ込んだんじゃないか。 まったく、、、。」 「意地悪。」
 それからしばらくは揃って無口なのである。 プイっと横を向いた佳代子も何かを考えているらしい。
1時間ほどして書類を全て確認し終わるとそれを持って私は営業部へ向かった。 「小林さんは楽しそうだねえ?」
「そうかい?」 「ワートカキャーとかずっと聞こえるけど、、、。」
「あの子だよ。」 「親子漫才でも始めたら? 似合うんじゃないの?」
「そうかなあ? そこまでの才能は無いから。」 「いいじゃん。 大助花子みたいにやればいいんだから。」
「あの二人は喋くり漫才だろう? 俺たちにはとても、、、。」 「あの二人も最初はそうだったんだってよ。」
「そうなのか。 まあ後はよろしく。」 部屋に帰ってくると佳代子が居ない。
(何処に行ったんだろう? トイレかな?) そう思いながら窓際に立ってみる。
 目の前は駐車場だ。 ワゴンやらバンやらトラックやらが出たり入ったりしている。 集配も大変だなあ。
その向こう側には花壇が有る。 季節ごとに花が植えられている。
ちょうど秋桜が終わろうとしている頃だ。 「薄紅の秋桜が秋の日の、、、。)
「小林さんって歌うんですねえ。」 カーテンの中から佳代子が顔を出した。
「うわ、こんな所に居た。」 「何ですか? 小林さん。」
「隠れてたのか。」 「たまにはびっくりさせようと思って。」
「ここのカーテンも短いのに変えないとダメだなあ。」 「えーー? またまた私を虐めるんですか?」
逃げようとする佳代子を捕まえてみる。 「捕まっちゃったあ。」
「いいじゃん。 佳代子ちゃんは私の餌なんだから。」 「餌? 餌って何ですか? 餌って?」
 そんな佳代子の胸をツンツンしてみる。 「ダメですよ 今は。 ダメだって。」
何度かツンツンしていたら息が荒くなってきた。 「今夜、食べるからね。」
「宣告してどうするんですか? まったく、、、。」 真っ赤な顔で佳代子が椅子に座った。
 社長でさえ見に来ないこの部屋、、、。 たまに廊下を歩いてるのを見掛けると、、、。
「おー、小林君か。 まあよろしくやってくれよ。」とだけ言って何処かに行ってしまうんだ。
 部署としては小さいしそうそうトラブルも起きないから(たまに声でも掛ければいいだろう。)くらいにしか思われてないんだ。
でも会社から見れば営業がうまくいくのも躓くのもこの小さな部署次第。 書類に間違いが有ればみんなが躓くんだからね。
 とはいえ、今日も佳代子と二人で仲がいいのか悪いのか分からない漫才をやってるわけだ。 いよいよ仕事も終わって佳代子が大きく背伸びをした。
「お疲れ様。」 「小林さんが虐めるから今日は相当に疲れました。」
「そんなこと無いだろう?」 「十分に有りますよ。」
「佳代子ちゃんが虐めるから反撃したの。」 「小林さんがやるから私もやったんです。」
 そう言いながら佳代子は私に顔を近付けてきた。 だから思い切ってキスをした。
「小林さん 萌えちゃうじゃないですか。」 「燃えたら消してあげるよ。」
「えーーーー? 意味違うけど、、、。」 佳代子は立ち上がった私の背中にくっ付いてきた。
「今夜 どっかで飲もうか。」 「いいですねえ。 お供します。」
「じゃあさあ7時に待ち合わせ内科?」 「何で?」
「直行するとまたスーツで泊まることになるからさあ。」 「あっそうか。 じゃあ着替えてきますね。」
「店は駅前の丸福だよ。」 「分かりました。 着替えたら速攻で行きます。」
そんなわけで今日は会社からは別行動なんだ。 家に帰ったら着替えなきゃね。
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