黄昏色の街で
 センチな接近アナウンスを背にして家へ急ぐ。 この辺りも日暮れが速くなってきた。
ドアを開けて中に入ると廊下も薄暗くなっている。 電灯を点けても何だか薄暗い。
 「古い家だからなあ、しょうがないか。」 居間に入るとスーツを脱ぎ捨てて普段着に着替える。
ひとまず落ち着いてお茶を飲む。 待ち合わせまではまだ時間が有る。
 畳に寝転がって天井を見上げる。 なぜか今夜は心臓がドキドキしている。
ずっと佳代子とくっ付いていたからかもしれないな。 ああだこうだって朝からやり合ってたんだもん。

 その頃、佳代子もまたアパートの自室に飛び込んで忙しなく動き回っていた。
「今夜はまたまた飲むんだからゴミは今のうちに片付けとかないとね。 明日になったら忘れてるから。」 そう言いながら生ゴミを掻き集める。
 「料理を作ったら食べる前に生ゴミを片付けるんだよ。」 お母さんはそう言ってたのに、、、。
コーナーのゴミを集めて袋に叩き込む。 それを冷蔵庫に放り込んで安心した佳代子はその場に座り込んだ。
 「今日は何を飲もうかなあ? 酎ハイでもいいなあ。」 時計はまだまだ6時になったばかり。
着替えも済ませてスーツをバッグに入れて準備万端。 さあ出掛けようか。
 家を出た佳代子は電停へまっしぐら。 枯葉を踏みしめる余裕も無いみたい。
その頃には私も家を出て電停で電車を待っている。 眠そうなカラスが寝床へ帰っていくのが見える。

 電車に乗ってあれやこれやと考え事をしていると「小林さん‼」って声が聞こえた。 「何だ、佳代子ちゃんか。」
「彼女を捕まえて何だは無いでしょう?」 「ごめんごめん。 考え事してたから。」
「誰か他にいい人が居るんですか?」 「居ない居ない。」
「ばあ。」 「何だよ?」
 佳代子は私の隣に座ってきた。 電車の中は少しずつ暖房が入り始めているようだ。
線路沿いの並木も葉が落ちてしまって冬支度を始めている。 薄暗くなった空に紫色の雲が流れていく。 「秋は夕暮れ、、、、だなあ。」
「何気取ってるんですか?」 「いいじゃん。 たまには。」
「いつも私を虐めてるのに?」 「それとこれは別だよ。 佳代子ちゃん。」
「んもう、都合がいいんだから。」 「そんな私が好きなんだろう?」
「そりゃあ好きですけど、、、。」 「じゃあいいじゃない。」
「しょうがないなあ。」 佳代子は不服そうな顔で並木道に目をやった。
 そこから三つほど停留所を過ぎて吉田山に着いた。 降りてしばらく行くと目当ての居酒屋だ。
暖簾を潜ってカウンターの隅のほうに座る。 「いらっしゃい。 何を飲みますか?」
「私は日本酒でいいよ。 佳代子ちゃんは?」 「うーーーん、そうだなあ、酎ハイにします。」
「酎ハイね。 桃と梅とライムとレモンが有るけどどうする?」 「ライムで、、、。」
 それを聞いたおじさんは焼酎をグラスに注ぐとライムジュースを取り出した。 「へえ、ライムジュースなんて有るんだね?」
「今は何でも有るよ。 売ってる酎ハイを出したって美味くないから作ることにしたんだ。」 おじさんはジュースを注ぐと軽く混ぜてから氷を放り込んだ。
 「何食べる?」 「うーーん、餃子と唐揚げとマーボー豆腐。」 「食べるなあ。 佳代子ちゃん。」
「私 まだ若いから。」 「んだ。 納得。」
 そんなに大きくない居酒屋だ。 カウンターにテーブルが三つほど。 こじんまりしていて好きだな。
 私はさっきから唐揚げを頬張っている佳代子をじっと見詰めている。 「見詰めちゃやーーよ。」
「いいじゃん。」 「彼女だからって黙って見詰めるのは無しですよ。』 「じゃあ今から見詰めるよ。」
「やだなあ。 宣言しないでくださいよ。」 「どっちなんだよ?」
「どっちも嫌です。」 「言うなあ、こいつ。」
 私は佳代子の頭を小突いてから日本酒を飲み込んだ。 「酔いたいなあ。 今夜は。」
「小林さん 酔っ払って寝ちゃダメですからね。」 「分かってるよ。」
「そうかなあ? なんか寝そうだけど。」 「そう見える?」
「私が居るからって安心しないでくださいねえ。 お父さん。」 「おいおい、、、。」
 「あんたら、仲いいなあ。 もしかして恋人?」 「んんんんん、、、。」
「恋人です。」 私が言い淀んでいると佳代子が口を開いた。
「そうか。 やっぱり恋人化。 この店はね、恋人がよく来るんだ。」 「そうなんだ。」
「んで、1年後にはみんな結婚してるんだよ。」 「そっか。 よろしくお願いします。 小林さん。」
「おいおい、まだまだだよ。」 「何でですか? いいじゃないですか。」
「あのねえ、まだまだ付き合い始めて間もないんだから。」 「その前に私たちまだまだ付き合ってませんよ。」
「こらこら、先に言うんじゃないよ。」 「ごめんなさい。 忘れてると思って。」
「認知症じゃないんだからさあ、、、。」 「なってもおかしくない年ですよ。 小林さん。」
「今から介護の練習ですか?」 「練習したいなあ。 いきなりなられたら困るもの。」
「言うなあ。」 「あんたも人がいいなあ。 こんな娘さんを捕まえて。」
「親父さんだって居るんじゃないの?」 「俺は去年捨てちまったからなあ。」
今夜はどうも佳代子にやられっぱなしだ。 そのほうがいいのかもしれないけど、、、。
 2杯目の日本酒を飲んでいると客が入ってきた。 「オー、誰かと思ったら小林君じゃない。 奇遇だねえ。」
「社長も来たんですか?」 「そうだよ。 今日は家内との結婚記念日だからね。」
「家内との?」 「佳代子ちゃん、そこは突っ込んじゃダメ。」
「すいません。」 私は改めて社長の顔を見た。
(2軒目なんだな。 何処で飲んでたんだろう?) 奥さんも一緒に付いてきた。
 二人はテーブルに落ち着いて世間話をしながら飲んでいる。 私はカウンターで佳代子を弄りながら飲んでいる。
今夜は私たち以外には来ないみたいだね。 ホッとしたよ。




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