純愛メランコリー

 その理由は予想だにしないものだったけれど。

 私は目を伏せ、欄干に歩み寄った。
 
 水面の光が先ほどよりも少しだけ眩しい。
 欄干が低いお陰か、水が近く感じる。

「……ありがとう。私なんかのために、ここまでしてくれて」

 自分の手を血で染めて、たった一人で運命に抗って、私を救おうとしてくれた。

 それが分かっただけで、もう充分だ。

 向坂くんの優しさを再確認出来ただけで、もう心が満ち足りた。

 これ以上の猶予なんてない。
 今日の運命は決まっていたのだと、痛感する。

「でも……もう、終わらせよう」

 そう告げると、一筋こぼれた涙が頬を伝っていく。

 運命を無理矢理ねじ曲げたって、またすぐにその反動を受ける羽目になる。

 別の形で同じ結果が降りかかる。

 だったらもう、受け入れるほかに選択肢がない。

 ────私は今日、死ぬんだ。

「菜乃……」

 惜しむように呼ばれ、心が切ない色に染まっていく。

 もっと早く話せばよかった。

 こんな後がない状況になる前に聞けていれば、誤解することなく一緒にいられたのに。

 涙の気配を必死で飲み込み、弱々しいながらも笑顔で上書きする。

「私が死ぬまでは、一緒にいてくれないかな……?」

 向坂くんの瞳が揺れた。
 彼は眉を寄せ、唇を噛み締める。

「……っ」

 諦めたくない気持ちは私も同じ。

 だけど、どうしようもない。

 投げやりになったわけではなく、ただ運命を受け入れるだけ。

 あの日、私が招いた死にもう一度触れるだけだ。

 ややあって、向坂くんが言う。

「当たり前だろ。何があっても、最期までそばにいるから」

 それを聞いて、自然と穏やかに笑うことが出来た。

 空っぽだった心が満たされていく。

(やっぱり、好きだなぁ)

 不器用ながらも人一倍優しいところ。
 誰かのために一生懸命なところ。

 柔らかい黒髪も。
 あたたかい手も。
 切れ長の双眸も。
 意外と甘いものが好きなところも。

 無愛想で口が悪いけれど、その実思いやりにあふれている向坂くん。

 不良ではあるものの、やっぱり意味もなく人を傷つけたりはしない。

 鋭くて、一貫性があって、実直で。
 ずっと────どの瞬間も私を信じてくれて。
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