恋はひと匙の魔法から
 そう絶望するのには訳があった。
 透子は一般的な成人女性よりも食欲旺盛――要するに大食いである。
 実家が定食屋で、食べること自体が好きだったことに加え、同じく食べることが好きな兄二人と同じ量をいつも食べていた。おかげで胃袋の容量がすっかり男性仕様になってしまったらしい。
 透子の家族は皆、食べても太りにくい体質で、透子もまた例に漏れず痩せの大食いだった。その体質もまた、透子の食事量を増長させる一因だったことは間違いない。
 
 自分が特別大食いだと思ったことはなかったが、そんな透子の見解は大学時代にビリビリに破り捨てられることになった。
 
 大学二年生の時、半年ほど付き合った初めての彼氏に「女の子でそんなに食べる子って初めて見たっていうか、正直引いた。がっつきすぎだろ、キモい」と口汚く罵られ、それはもうこっぴどく振られてしまったのだ。
 憤るよりまず、慄然とした。
 自分の食べる姿は、人を不愉快にさせるほど醜かったのかと恐ろしくなった。

 今なら、彼の放った言葉は身勝手極まりない暴言であり、自分自身に非がないことであると客観的に判断することはできる。
 しかし当時の透子にとって、好きだった人に浴びせられた罵声は、軽いトラウマとして根付くには充分すぎるものだった。
 それからというものの、家族や親しい友人以外と食事をする場面では食べる量をかなり減らし、大食いをひた隠しにしてきたのである。
 
 わざわざ毎日、最上階のラウンジで食べていたのもそのためだ。特に西岡に知られて幻滅されることは避けたかったというのに。
 ささやかな乙女心と怖気からくる努力が灰燼と化し、羞恥と絶望がないまぜになって胸に押し寄せる。

(あぁぁぁ……気が付かないで欲しかった……)

 頭を抱えて嘆く透子の心の内など知る由もなく、水卜は感嘆の声を上げている。
 もう自分の席に帰ってくださいと、声を大にして言いたい。……言えないけれど。
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