恋はひと匙の魔法から
「三浦、本当に久しぶりだよなー。突然辞めちゃったからさ。色々大変だったって聞いたけど、もう平気なのか?」
「あはは、そうだよね。うん、今は元気に働いてます」

 乾杯を終えるとすぐに前菜が運ばれてきて、会場は一気に歓談ムードになりガヤガヤと騒めきだす。
 隣に座る元同期からそんな風に話を切り出され、透子は笑顔で頷いた。
 退職してからも同じ事務職だった同期とは何度か会っていたのだが、営業職の彼とはそこまで接点がなく、会ったのは退職前の同期飲みが最後だった。透子がパワハラで辞めたことは人伝に聞いていたらしく、心配そうに眉を下げている。が、今の透子は公私共に絶好調なので、心配ご無用とばかりに笑顔を見せた。
 すると、彼も安心したように表情を和らげた。そして何故か透子をジッと見つめてくる。

「それなら良かったよ。今はどこで働いてんの?」
「ルセッタって知ってる?アプリの、レシピとか載ってる……あれを運営してるところなの」
「ああ、知ってる知ってる。こないだテレビにも出てたよな?俺、見たよ」
「本当?ありがとう。あれ、私もほんのちょこっと出てるんだ」
「マジか。それは気がつかなかった。でもさ、今日久しぶりに会ったら、三浦がすごい綺麗になってて、俺ちょっと驚いた」
「えっ?そう、かな……?そんなに変わらないと思うけど……ありがとう……」

 唐突に褒められ、透子はドキッとした。もちろんそれは良い意味ではなく、むしろ警戒という意味合いが強い。
 透子は苦笑いを浮かべながら話を打ち切るべく、卓上に置かれたドリンクメニューに手を伸ばした。
 すると、隣の同期も顔を近づけて、同じメニューを覗き込んでくる。自分のメニューを見ればいいのに。
 気づかれないようにそっと後ずさるも、あまり変化はなかった。

(ち、近い……)

 肩が触れそうな距離感に透子の背筋がゾワゾワとした。これはちょっと、いただけない。
 だが、これから二時間隣に座る人に面と向かって指摘するのも、気まずくなりそうで憚られる。

「俺も何か飲もうかな。三浦は決まった?」
「えーっと……ジンジャエールに、しようかな」

 横を向いたら至近距離で目が合ってしまう。透子は身じろぎ一つせず前を向いたまま、内心で早く決めてー!と半泣きになっていた。
 そこへ不意に背後からトントンと肩を叩かれる。
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