恋はひと匙の魔法から
 モグモグと咀嚼する彼を微笑ましく見ていたが、ふと一抹の疾しさが胸をよぎった。

 恋人がいる男性に、手作りのおかずを勧めるのは世間的にどうなんだろうか。
 透子は西岡に対して下心を抱いているが、人様の恋人にちょっかいをかけようとは思っていない。

(これってよくマンガとかで見るあざとい系の嫌な女子になるのかな?でも一回だけだし……)
 
 と、自分の浅はかな言動について悶々と悩み始めていたところを、いつの間にか食べ終えていた西岡が何やら思案顔で「あのさ」と問いかけてくる。
 透子は慌てて思考を切り替えた。

「どうしました?」
「……………………いや、ごめん。なんでもない」

 西岡は考えを振り払うように首を横に振り、結局何も言わなかった。
 こんな風に彼が言い淀むのは珍しい。何を言おうとしたのかとても気になるが、なんでもないと言われてしまえば透子は口を噤まざるをえない。

「ありがとう。本当に美味かった」

 西の精悍な眼差しが、透子の目を真っ直ぐに見つめる。透子の顔にジワジワと熱が集まった。
 上手い言葉が返せないまま、自席へ戻っていく西岡の背を見送ることしかできなかった。
 この短い時間の中で目まぐるしく色々なことが起こった気がする。
 濃密な時間を終えてふうっと一息つき何気なく時計に目をやった時、透子の血の気がサッと引いた。

(あと休憩、十分しかない!)

 慌てた透子は味わう暇もなくひたすらおかずを口に詰め込む羽目になったのだった。
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