恋はひと匙の魔法から

衝撃の真実

 迎えた週末。
 透子は次兄が経営する和定食カフェ「komari」で、働きアリの如くせっせと給仕に勤しんでいた。
 観光地の駅近という立地のおかげで、休日の今日は女性客やカップル、そして家族連れがひっきりなしに来店してくる。目まぐるしいとはまさにこのことだ。
 いつも接客を担当している義姉やアルバイトの面々がこぞって抜けているということもあり、忙しさは想像以上だった。正直に言ってめちゃくちゃ疲れた。疲労困憊である。
 ようやくひと心地がつけたと思った時にはもう閉店間際に差し掛かっていた。ラストオーダーを締め切った今、客は若いカップルが一組だけ。盛況だった店内にようやく静寂が訪れる。

「透子、これでもう上がっていいから」
「いいの?締め作業も手伝うよ?」

 厨房へ食器を下げに戻ると、次兄の千晃が片付けの手を止めてそう告げてきた。
 本音を言えば、千晃の申し出は非常に有難い。けれど閉店後の掃除と事務作業を一人でやるのは骨が折れるだろう。
 そう思ったのだが、兄は「いいよいいよ」と固辞するばかりなので、遠慮なく上がらせてもらうことにした。立ち仕事は随分と久しぶりで、スニーカーを履いた足の裏がズキズキと痛む。

「今日は助かったわ。明日も悪いけど、もう一人増えるから流石に今日よりはマシだと思う」
「いえいえ、お給料もちゃんといただきましたから。じゃあお先に失礼します」

 戯けたように笑って透子はバックヤードへと下がった。

 事務所も兼ねている二畳ほどのバックヤードには、テーブルと椅子一脚と従業員用のロッカーが所狭しと置かれ、壁面の棚にはノートパソコンとファイル類が雪崩を起こしそうなほど乱雑に収納されている。
 圧迫感があって落ち着かないが、かといって片付けてあげるほどの体力は残っていない。ファイル達が今にも落ちそうになっている光景について見て見ぬ振りを決め込み、ロッカーから鞄を取りだそうと屈み込んだ。
 その時、お尻が椅子にぶつかり、座面からバサリと何かが落ちる音がする。
 見ると、床に週刊誌が一冊落ちていた。多分千晃が読んでそのまま放置したものだろう。
 大雑把な兄らしいと苦笑しながら手を伸ばして雑誌を拾い上げた。そして立ち上がって何気なく表紙を読んでみる。
 艶やかな笑みを貼り付けたグラビアアイドルが表紙のセンターを飾っている。
 先々月から騒がれている政治家の献金問題、人気女優の不倫スキャンダル等々、センセーショナルな見出しが大きな文字で踊っていたが、その横に小さく書かれた一つの見出しに、透子の目が釘付けられる。

『JBS工藤英美里アナ、今春にも局退社&結婚へ』

 帯で囲われているわけでもない小さなその見出しの文字が、不思議と浮かび上がって見える。嫌な予感がした。
 透子は震える手でパラパラと誌面を捲った。

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