莉 枝 (りえ)

 俺の名前は杉原宗一、定年まであと数年を残す熟年のしがない会社員だ。現在のところ❝営業部付担当課長❞という肩書を与えられているものの、それは会社の経営状況が危なくなれば真っ先にリストラされるであろう閑職の雑用係なのだ。それ故、重要な仕事が回ってくることはなく、毎日終業時刻になるとまだ活気のある職場を横目に見て、早々と家路についているのが常だった。

しかし今日はいつもと違って会社を出たあと、歩いてある場所に向かっている。なぜかと言うと、ある若い女性と待ち合わせをしているからなのだ。途中ブラブラとゆっくり歩いて来たのだが、それでも15分早過ぎた。仕方がないのでその場所で、しばらく歩道を行き来する人々をぼんやりと眺めていた。

俺の目の前を、仕事が終わって周辺のオフィスから出てきた大勢の若い人たちが三々五々それぞれ賑やかにしゃべりながら歩いて通り過ぎていく。これからショッピングや食事などでアフターファイブを楽しもうとするのだろうか。彼らの身体中からあふれる若さがうらやましい。

俺も若い頃にもっといろいろ経験しておけばよかった。当時は❝モーレツ社員❞という流行り言葉に載せられて仕事漬けの生活が当たり前で、毎日夜遅くまで働いていたものだったし、少ない休日はといえば平日の疲れを取るために費やしていたので、アフターファイブや余暇を楽しむなんてことはまるで頭になかった。でも俺たちの将来は前途洋々で活気に溢れた明るい未来が待っていると思っていたので全く苦にならなかった。しかし時が経ってバブルがはじけて社会全体が落ち目になると、ひとたび出世コースから脱落した社員は簡単に切り捨てられるようになった。かく言う俺もそのひとりなのだ。


そんな俺が昨日珍しく日帰り出張に出かけ、そこでひょんなことから出会った莉枝という親子ほど年の離れた若い女性と改めて待ち合わせをすることになったのだ。
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