莉 枝 (りえ)

 その経緯は、旅先で財布をなくして困っていた莉枝にお金を貸したことから始まる。
 
出張先のJR駅に着いたところで、帰りの列車の時刻を確認しておこうと切符売り場の前まで行くと、若い女性がバッグを開けてキリっと引いた眉をしかめ、必死で探しものをしていたのに出くわした。

その女性はきれいな足首を見せた細身のパンススーツをスマートに着こなした美人だった。だからと言って、別に邪な気持ちがあったわけではなく、本当に単なる親切心から声をかけただけだったのだ。
 
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、ちょっと財布をなくしたみたいで。」
女は困り果てた顔を上げて言った。

「どこでなくしたか心当たりはないんですか?」
「はい、全く心当たりがないんです。」
「それは困りましたね。」

「仕事で来たんですけど、夕方までに東京の会社に戻ってないといけないので、時間がないから気が気じゃなくって。」
「そうですか、いくら必要なんですか? 大金でなければお貸ししますけど。」
「いえ、見ず知らずの方にそんなこと…。」

「困ったときはお互い様ですよ。交通費くらいで良ければ…。」
「そうですか、じゃあお願いできますか?」
女はいくらか救われたような顔になった。

そこで切符売り場の運賃表を見て
「1万円くらいで足りそうですか?」
「そうですね、大丈夫だと思います。」
財布を出してお札を1枚、莉枝に渡した。

「私、内田莉枝と申します。」
と女性が名刺を出したので俺も名刺を渡した。

「杉原さんですか、ありがとうございます。会社に戻ったら速やかにお返しします。」
「いやいや、急がなくても構いません。それより戻られたらすぐに警察に届けておいた方が良いですよ。」
「はい、ご親切にありがとうございます。」
 
 
 概略こんなやりとりをして別れたのだった。そして莉枝から電話がかかってきたのはその翌日、つまり今日の昼だ。正直なところ、こんなにすぐに連絡がくるとは思ってなかったのだが
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