そして、僕は2度目の恋をする。
そして、3人の生活が始まる。
涼介の家から車で30分の所に凌空の家はある。
凌空のお父さんが建てた家で築50年は経っている古い小さな家だ。
とりあえず2人には2階の使っていない部屋を使ってもらい、自分は1階の部屋で暮らすことにした。
凌空にとって誰かと暮らすのは久しぶりの事である。
父も5年前に他界しており、自身も1階の居住区しか使っていないので他の部屋は埃だらけになっていた。
(こんな事ならちゃんと掃除をしておけばよかった)と後悔しながら2階を片付けていると汐が申し訳なさそうに「ごめんなさい凌空くん、突然お邪魔しちゃって」と一緒に荷物をどかし始めてくれた。凌空にとって『いつか終わりが来る限定的な時間』であっても、汐ちゃんと一緒に住めるのは年甲斐もなく心を弾ませてくれた。
一通り片付くと、あとは二人に任せて凌空は1階に戻り眠ることにした。

3人が同居を始めて半年。凌空の家は汐たちが来た時と同じ状態で何も変わっていなかった。
汐には当面の生活費を渡して、足りなくなったらまた渡しますと伝えてある。
俊太とは引っ越して以来一度も口をきいていない。とりあえず転校先では問題なく過ごしているようだった。日野の事件の事を気にしているのかもしれない。涼介さんに報告の電話をするが、何を話しても「そうか、凌空うまくやってくれ」としか言われない。凌空にとって汐と一緒に暮らせるのは嬉しいのだが、一体いつまでこの状態が続くのか想像できなかった。

そんな時、事件は起こった。
会社から戻ると居間が何だか騒がしかった。慌て行ってみると二人が大喧嘩をしている。
どうやらプリントの事で喧嘩しているらしく、内容を見ると「父兄参観」と書いてあった。
「僕のホントの父ちゃんは犯罪者なんだ!僕がパパたちの家庭をぶち壊してしまったんだ!僕なんかいない方がよかったんだ!」と泣きながら2階の部屋に閉じこもった。
汐は元気のない声で凌空に話す。
「本当はあの子が生まれたとき施設に入れようかと迷ってたの。でも、涼介さんが『生まれてくる子に罪はない、君が産んだ子だから2人で大切に育てよう。』と話してくれたの。私、嬉しかった。こんなにも最高の人が私の主人だったんだって、それなのに私は...」彼女は泣きながらにこう続ける。「俊太は私の大事な子です!でも、どうしたらそれが伝わるのか...私分からない...。」そう言って汐は凌空の胸で泣き始めた。
「そうか」と凌空は言い、そっと汐の両肩をつかむ。
「わかったよ汐ちゃん、よくここまで頑張ったね。後は僕に任せて。」
凌空は俊太と話すため2階に向かう。

「入るよ?」凌空はノックをして部屋の中に入る。俊太は部屋の隅でゲームをやっている。
「何かあったのかい?」と話し掛けると
「赤の他人に話す事なんかない!」と怒鳴り、ゲームを続けている。
凌空は入口のところに座り、独り言のように話し始めた。
「俊太君はお母さんが居てうらやましいよ、だってあんなにやさしいじゃないか?」
「おじさんはね、本当の両親のこと何も知らないんだ。」俊太の動きが一瞬止まる。
「おじさんはね、赤ちゃんポストに入れられてたんだよ。でもごみ箱じゃなくてよかった、だっておじさん、少なくとも死んでほしいと思われなかったから。」
「おじさんはポストに入れられてた時、タオル1枚で巻かれてたんだって。そして1枚のハンカチに「凌空(りく)です、宜しくお願いします」と書かれていたんだ。」
「おじさんはどうしてもお母さんに会いたくてね、だからどうすれば会えるか一生懸命考えてみた。」
「そして、僕がいい子になったら迎えに来てくれるかもしれないって一生懸命勉強したんだ。」
俊太はゲームの画面を見続けているが、操作するキャラクターは意味もなく同じところをぐるぐる回り続けている。
「でもやっぱり来てくれなくてさ、ずっと泣いていたんだけど、そんなときにこの家の人が僕を引き取りたいって迎えに来てくれたんだ。」
「この家の人は優しくてね、お金はあまりなかったけどいつも僕を大事にしてくれた。」
「途中でお母さんは病気で亡くなったけど、お父さんは僕が大きくなるまで一生懸命育ててくれた。」
「おじさんも大人になり、会社を大きくしてお父さんを楽させてあげようと頑張ったんだ。
そして、会社も大きくなりお金もあるからゆっくり休んでよと思ってたんだけど、お父さん急に体が悪くなって死んじゃったんだ。」俊太の手は完全に止まっている。
「おじさんはそのとき思ったんだ、僕を一生懸命育ててくれたお父さんにもお母さんにも何もしてあげられなかった。おじさんはなんて親不孝なんだって、悔しくて泣いちゃったんだ。」
気が付けば凌空は涙を流していた。俊太も真剣な表情でこちらを見ている。
凌空は涙をぬぐって話を続ける。
「でもおじさん、そのとき分かったことがあるんだよ。家族とは血の繋がりなんかじゃなくて、自分を大事に思ってくれる人達のことなんだって。幸せとはそんな人達とどれだけ大切な時間を過ごせるのかって。たとえその時間が短くても、最愛の人達と一緒に笑って、怒って、泣いて、喧嘩して。」
「そして、最後の瞬間にその最愛の人達と一緒に過ごせるなら、それはもう最高の人生なんじゃないんかなと。」
そう話し終えた凌空は俊太のもとに歩み寄る。そして頭を優しく撫でた。
目に涙を浮かべながら俊太は凌空に聞く。
「それで、本当のお母さんは見つかったの?」
凌空は首を横に振る、そして、胸の内ポケットから汚れたハンカチを一枚取り出す。
広げると口紅らしきもので微かに「凌空(りく)です。宜しくお願いします」とかいてあった。
「おじさんはね、もし本当のお母さんに会えたらこう言おうと決めてるんだ。『僕を産んでくれてありがとうございました』と。」
俊太は泣き出した。そんな俊太を優しく包み込むように抱き凌空は話す。
「だからね、俊太君。どんなに喧嘩しても怒ってもいいけど、どうかこれだけは信じてほしい。理由はどうであれ自分は望まれて生まれてきたのだと。だから君は何も恥じずに『僕はお母さんの子だ!』と言っていいんだ。そしてお母さんを大事にしてあげて。だってお母さんはまだ生きてるから親孝行できるだろ?」
俊太は涙をぬぐい、元気に「うん!」と頷いて汐のもとへ行った。
一人残った部屋で凌空は呟く。
「父さん、母さん、僕も少しは役に立てただろうか?」と。



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