そして、僕は2度目の恋をする。
そして、2人は今後を話す。(幕間)
汐たちを送り出してリビングのソファーに腰かける涼介。
背もたれに体を預け、少し息を吐いて壁を見つめる。
ふと、左の頬が冷たくなる。慌てて振り返ると葵が笑みを浮かべながら、両手に缶ビールを摘まんで立っていた。
「飲もっか?」の問いに「ああ」と短く答える涼介。
小さく乾杯をした後、葵はソファーに片足を上げて涼介に聞いてきた。
「汐のこと、あれでよかったの?」心配そうに尋ねる葵。
「正直、まだ心の整理はついてないよ。汐が悪いことをしたわけでもないし、離婚なんて言ったのは彼女をさらに傷つけてしまったかもしれない。」
「ただ、ふと思ったんだ。こうすれば汐と凌空が幸せになれるんじゃないかって、そんな気がしてさ。」
そういった後、涼介は壁を見ながらぼーっと考えている。
葵は言った。
「涼介は優しいね。何も言わなければ夫婦生活もきっとうまくいっただろうに...。凌空はあんたみたいな先輩をもって幸せもんだよ。」
そう話す葵の顔は少し嬉しそうだった。
「たださ、摩耶の事が心配でさ....せっかく家族一緒に暮らしてたのに、ふたりの我儘で母親がいなくなってしまって。」
どう説明しようかと涼介が考える横で葵は話し始めた。
「摩耶ちゃんはさ、汐が凌空のこと好きだって知っていたよ?」
「えっ?」と涼介は葵の顔を見る。
「まぁ、こうなるとは思ってなかったんで話してなかったんだけどさ、昔涼介達が汐を助けるために日野の家に乗り込んだじゃない。その時凌空が部屋に「ふたりとも大丈夫か!」って飛び込んできたみたい。」
「その時汐は逃げられないように下着姿らしかったんだけど、凌空の顔を見るなり「凌空君!」と言って抱き付いたんだって。凌空はその場で暫くフリーズしてたみたいだけど、すぐに摩耶ちゃんの視線に気づき、離れて着てたスーツの上着を渡したみたいだよ。」
葵は少し笑いながら話を続ける。
「相談に乗ってた当時は摩耶ちゃんも6歳だったから、すべてを理解してはいなかったみたいだけど、何となくママは凌空おじちゃんの事も「好き」じゃないのかな?と感じてはいたみたい。」
「それ以来、凌空がこの家に遊びに来るたびに二人を観察してみたら、やっぱりママの態度が微妙に違っていたので「あぁ、ママは凌空おじさんのこと好きかもしれないな」って。」

「ただ、そんな気持ちになるのも私にはわかる。」て言っててね、最近、摩耶が私にそれを話してくれた時も、「あの時の凌空おじさんは颯爽と自分たちを助けに来てくれて、本物の『スーパーヒーロー』みたいだったなぁ」と懐かしそうに話してた。」思い出しながら話す葵は片手で持った缶ビールを回しながら涼介に微笑み話す。
「だからあいつらが一緒になっても、摩耶ちゃんは「やっぱりね」と思うんじゃないかな?」
話し終えた葵に涼介は小さなため息をつく。
「じゃあ、気付いてなかったのは俺だけだったのか...ほんと、鈍いな俺って」と自虐した涼介に葵は笑って答えた。
「そう、あんたは確かに鈍い!でも安心していいよ!あんたの上をいく更に自分の気持ちに気付いていない奴がいるから!」その言葉を聞いてアッと思った涼介。そして笑いながら話す。「そうだな!あいつ人生で一度も異性に告白なんかしたことないだろうから汐も大変だぞ?よし、罰ゲームとして汐からは凌空が気付くまで何も言うなとメールしておこう!」
そう涼介が話すと葵も追随する。「おやおや、涼介さんはなかなか鬼でいらっしゃる、そんなことやったら、あの二人一生ただの同居人で終わりますぞ?」涼介と葵は互いに顔を見合わせてまた大笑いをする。
そして、涼介は思った。こんな大笑いをしたのは本当いつ以来だろうか?もしこの場に葵がいなかったら自分はうまく立ち直れただろうか?その時涼介はつい余計なことを聞いてしまった。
「なぁ葵、お前なぜ結婚しないんだ?お前ほど美人でできた奴なら普通に結婚してそうなんだけど?」こう話した涼介に、葵はため息交じりの返事をする。
「はぁ...それはな、どこかの鈍感野郎がある日ボタンをかけ間違えたからだよ。」と言い、葵は残ったビールを一気に飲み干した。
涼介は軽率な質問を反省した。いくら鈍い自分でも、今の葵の気持ちにはもう気付いていたのだから。
「すまない。」と言い、ばつの悪そうな顔をする涼介を見て、間が悪くなったのか「さて、今日のところは帰るかな。」と葵は席を立ち、「遅いし今日は泊って行け」という涼介を他所にタクシーを呼び始めた。
あきらめた涼介は「今日は遅くまでありがとう。またいつでもうちに来てくれ!」と言うと、葵はきょとんとして返事をする。
「いや?明日から毎日来るんだけど?」
「...うん?」
一瞬何を言ってるかわからない涼介。その顔を見て何もわかってないことを悟った葵はあきれた顔で涼介に話す。
「涼介さぁ、カッコつけて汐追い出してたけど、明日から会社の事務誰がやんの?なんか考えあんの?」「まさかあんな別れ方して、明日汐が来ると思ってんの?」
涼介は言葉に詰まった。汐との別れ話ばかりに目が行き、そのことをすっかり忘れてしまっていたのだ。
(何でこんなやつ好きになったんだ?)と葵は本当に呆れた顔で涼介に説明をする。
「まさか本当にノープランだったとはね。汐には出ていく前に、私がいるから仕事も摩耶も心配するなと話しておいたのよ。じゃないと出ていくわけないでしょ?」
もはや涼介に葵へ言い返すライフは残っていない。
とりあえず、言いたいことを言い終えた葵は少し考えて、
「まぁ摩耶ちゃんの事件後のケアもあるし...暫く泊まらせてもらおっかな?」
「ってことで今日は帰って荷物整理してくるから!あと、空いてる部屋の整理宜しくねっ!」と言い残し、葵は玄関に到着したタクシーに乗ってさっさと帰ってしまった。

残された涼介は俊太の部屋を葵が住めるよう片付ける為、徹夜で作業を行うのである。
ただ、葵と話せたことにより、涼介の汐と俊太を失った『喪失感』は薄れていた。




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