最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

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 ナーディアは、漏れ聞いた父とフェリーニ侯爵の会話を思い出していた。『エメリア』という名を口にする時の二人は、そろって深刻な口調だった。内容はさっぱり見当が付かなかったが、ナーディアには、その女性がキーパーソンである気がしてならなかったのだ。





「なぜ、その名を?」





 ロベルトが、眉をひそめる。すみません、とナーディアは頭を下げた。





「以前、こちらの書斎でお父様とフェリーニ侯爵がお話しなさっているのを、聞いてしまったことがあります。たまたま通りかかりましたら、その名前が耳に飛びこんで来たもので……」





 するとロベルトは、なぜかふっと微笑んだ。





「母様も亡くなったことだし、話しても構わんだろう……。エメリアは、私がかつて想いを寄せていた女性だ。彼女はたいそう美しく、なおかつ聡明だった。実に多くの男性が狙っていたものだよ。自分の娘を引き合いに出すのも何だが、フローラのような存在だったのだ」





 ロベルトは、懐かしそうに語った。





「中でもとりわけ熱心に言い寄ったのが、私とマクシミリアーノだった。私は当時、王宮近衛騎士団のトップとして、まだ王太子であられたマルコ四世陛下の護衛を務めさせていただいていた。そしてマクシミリアーノは、名門フェリーニ侯爵家の新当主となったばかりで、社交界一の紳士と言われていた。全くタイプの違う私たちだったが、愛した女性は同じだった、というわけだ」





「……それで、どうなったのです?」





 ナーディアは、固唾を呑んで続きを待った。ロベルトが苦笑する。





「私とマクシミリアーノを見ればわかるだろう。そろって失恋さ。エメリアが選んだのは、意外な男だった……」





 そこでロベルトは、ふと顔を歪めた。これ以上語りたくない、そんな雰囲気だった。





「まあそういうわけで、エメリアは私とマクシミリアーノの、青春の思い出さ。彼女のことで、彼との間にわだかまりはない。私がマクシミリアーノという人間に不信を抱くようになった原因は、他にある。だが、それはお前が知ることではない」





 ロベルトは、キッパリと言い切った。それ以上尋ねるのははばかられ、ナーディアは黙り込んだ。





「名門侯爵家の長男と、王宮近衛騎士団の武闘派から同時に求婚、か。お前もエメリアと同じような状況に陥ったものだな」





 最後にロベルトは、ぽつりと言った。
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