最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

5

 父の書斎を出ると、廊下の向こうからフローラが歩いて来た。





「結婚のことね?」





 フローラは、全てを承知しているような口ぶりだった。





「ええ。でも……」



「私の部屋へいらっしゃい。話しましょう」





 そう言うフローラもまた、浮かない顔つきだった。内心案じながら、ナーディアは付き従った。





「お父様は、何と仰っているの?」





 フローラの部屋で二人になると、彼女は静かに尋ねた。





「私に婿を迎えて欲しいから、三男のマリーノを考えられているようです。彼は、私を騎士として認め、結婚後も続けてくれと言ってくれています。……でも、マリーノをそういう対象として見たことがないので、正直戸惑っています」





 そう、とフローラは頷いた。





「婚約披露パーティーでのダリオの振る舞いには、私も正直憤慨したわ。コンテ伯のご子息のことは、よく知らないのだけれど、そう言ってくださっているのなら、前向きに考えてもいいのじゃないかしら?」





「ですが……。私は、王太子殿下の護衛という今のポジションを、誇りに思っています。それを諦めることは、やはりできません」





 フローラは、しばらく黙っていたが、やがてため息を吐いた。





「何だか、ナーディアが羨ましいわ」



「なぜです?」





 ナーディアは、目を見張った。





「そんな風に、誇れる役割を持っているんだもの。ナーディアを見ていると、私は、自分の存在が何なのかと思えてくるわ。娘時代はお父様の仰ることに従い、結婚したら旦那様の言うなりになるのね、と……」





 ナーディアは、姉の言葉が信じられなかった。フローラは、幼い頃から淑女の見本のような女性だった。結婚に憧れ、良き妻となることを目指してきたのではなかったのか。しかも、理想の男性と巡り会えたというのに……。





「実はね」





 フローラは、思いつめたように語り出した。





「ロレンツォ様は、結婚後も王宮近衛騎士団の寮に留まる、と仰ったの。モンテッラの家に住まわれる気はないようよ」





 先ほどからのフローラの憂鬱そうな表情は、それが原因だったのか、とナーディアは納得した。





 同時に、疑問を抱く。王宮近衛騎士団員は、確かに入寮するのが規則だが、既婚者には例外が認められるのだ。王宮から一定の範囲内にあれば、自宅から通うことも可能なのである。ロベルトは王立騎士団長だったから、当然モンテッラ邸は、その距離条件を満たしている。なのになぜ、ロレンツォはそんなことを言い出したのだろう。





「何だか、私よりナーディアの方がよほど、ロレンツォ様の近くにいるわね」





 フローラの眼差しは暗かった。
< 110 / 200 >

この作品をシェア

pagetop