最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

10

 マリーノは、よろよろと立ち上がった。





「で……、『ニコラ』。煙草を吸って来ても?」



「おお、行って来い。ナーディアもまだ酔ってないしな」





 景気づけるように肩を叩いて、オルランドはマリーノを送り出した。姿が見えなくなると、オルランドはしみじみと呟いた。





「マリーノは、試練の星の下に生まれたようだな……。色々な女と付き合って、視野を広げた方がいいように思うが。男だらけの環境で来たから、身近な洗濯板に固執するんだ」





 ラウラという女店員と見比べられ、ナーディアはさすがにムッとした。





「洗濯板よりはありますと、言っているでしょう! それに、あなたほど視野を広げなくていいんです!」





「何事にも、幅広い見識を持つべきだぞ? 俺は、国中の女のデータを持っている。過去から現在に至るまでな」





 得意げなオルランドにもう一度言い返そうとして、ナーディアはふと思いついた。『過去から』というフレーズで連想したのだ。





「それならば、ご見識豊かなあなたにお聞きしますが……。エメリアという女性は、ご存じで?」





 父ロベルトは、何かを隠している。フェリーニ侯爵との不仲は、エメリアが原因ではないと言っていたが、ナーディアはまだ疑っていたのだ。





「今から二十五年ほど昔の話ですが。とても美しく、男性陣の人気の的だったそうで……」





 父母が結婚したのは、二十四年前だ。それより以前ということで当たりを付けて、ナーディアは尋ねた。とはいえ、オルランドが産まれるずっと前の話である。ダメ元の質問だったのだが、彼の眼差しは意外にも険しくなった。





「エメリア・ディ・バローネか」



「――ご存じで!?」





 まさか答が返って来るとは思わず、ナーディアは目を剥いた。オルランドが頷く。





「社交界一の美女と名高かったそうだ……。だが、俺が記憶しているのは、それが理由じゃない。エメリアが、例のクーデターの関係者だからだ」





 ドキリとした。『例のクーデター』と言えば、十四年前に起きた、マルコ四世の弟・チェーザレによる謀反未遂事件に他ならない。オルランドが、深刻に語り始める。





「エメリアは、数ある求愛を蹴って、バローネ伯爵と結婚した。だが伯爵は、クーデターに加わり、極刑に処せられたのだ。そして妻だった彼女は、ラクサンド王国から永久追放された。あの時は、多くの男が泣いたと聞いている」





 『エメリアが選んだのは意外な男だった』という父の言葉が蘇る。あの時の父は、何とも言えない苦悶の表情を浮かべていた。それはそうだろう。バローネ伯爵と結婚さえしなければ、エメリアはそんな目に遭わなかったのだから。しかも、謀反人一派の弾圧を行ったのは、他ならぬロベルト本人。愛した女性を追放せざるを得なかった父は、どんな思いだったのだろう……。
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