最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる
3
(辺境の田舎出身の男に、負けるなんて。王宮近衛騎士団の面子が、丸つぶれだろうが……)
歯がみするナーディアの顔を、マリーノが窺うようにチラと見る。
「タイミングが悪かったんだよなあ……。『最強騎士』が不在だったから」
「言い訳すんな!」
ナーディアは、容赦なくマリーノの脛を蹴り飛ばした。
「情けないと思えよ! ……こうなったら、私が奴に手合わせを申し込もう。私が勝ったら、彼には退団していただくさ。大体、全員と手合わせしていないのに入団を決めるだなんて、不正もいいところ……」
「不正とはもしや、俺のことですか?」
不意に、聞き慣れない低い声が飛び込んできた。見れば廊下の向こうから、若い男がやって来る。身長は百九十近くあろうか、良い体躯をした男だった。亜麻色の髪を清潔に刈り込んでいる一方で、ほどよく日焼けした肌がワイルドな印象を与える。眉は濃く鼻梁は高く、彫りの深い顔立ちだ。何より印象的なのは、その目元だった。限りなく鋭い……、だが美しい、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳だった。
(ジャンニが成長したら、こんな感じだろうか)
ナーディアは、ふと思った。髪色も、同じ亜麻色だ。そういえば、今年二十二歳といったか。ということは、ナーディアよりも三歳年上だ。ジャンニも、それくらいの年齢だった……。
男が、ナーディアたちの前で立ち止まる。一瞬浮かんだ妄想を、ナーディアは振り払った。
(馬鹿馬鹿しい)
永久追放されたジャンニが、ラクサンドにいるはずがないではないか。昨日、オルランドと昔話などしたから、錯覚しただけだろう。
「お前がフェリーニ侯爵のご次男か?」
ナーディアは、男の目を見すえて尋ねた。彼は、軽く片眉を上げた。
「人の質問に答えずして、質問を投げかけるとは、無礼ですな。それに、人に名を尋ねる時は、まず自ら名乗るのが礼儀では?」
「何だと……!?」
マリーノが気色ばんだが、ナーディアは彼を制した。
「止せ」
今の彼の言葉は正論だ。それに、騎士団では彼の方が新人とはいえ、フェリーニ侯爵家といえば、由緒ある名門の家柄である。対してナーディアの家は、同じ侯爵家でも、格はずっと下だ。そもそもモンテッラ家は、元々伯爵の身分だったのだ。父ロベルトが、十四年前の謀反鎮圧で功績を挙げたことで、急遽陞爵していただいただけのことである。その辺りをわきまえないと、笑われるのはナーディアの方だ。
「失礼した」
ナーディアは、丁寧に礼をした。
「私はナーディア・ディ・モンテッラ。オルランド王太子殿下の、専属護衛を務めさせていただいている」
「……モンテッラ?」
男が、ふと目を見張る。
歯がみするナーディアの顔を、マリーノが窺うようにチラと見る。
「タイミングが悪かったんだよなあ……。『最強騎士』が不在だったから」
「言い訳すんな!」
ナーディアは、容赦なくマリーノの脛を蹴り飛ばした。
「情けないと思えよ! ……こうなったら、私が奴に手合わせを申し込もう。私が勝ったら、彼には退団していただくさ。大体、全員と手合わせしていないのに入団を決めるだなんて、不正もいいところ……」
「不正とはもしや、俺のことですか?」
不意に、聞き慣れない低い声が飛び込んできた。見れば廊下の向こうから、若い男がやって来る。身長は百九十近くあろうか、良い体躯をした男だった。亜麻色の髪を清潔に刈り込んでいる一方で、ほどよく日焼けした肌がワイルドな印象を与える。眉は濃く鼻梁は高く、彫りの深い顔立ちだ。何より印象的なのは、その目元だった。限りなく鋭い……、だが美しい、鮮やかなエメラルドグリーンの瞳だった。
(ジャンニが成長したら、こんな感じだろうか)
ナーディアは、ふと思った。髪色も、同じ亜麻色だ。そういえば、今年二十二歳といったか。ということは、ナーディアよりも三歳年上だ。ジャンニも、それくらいの年齢だった……。
男が、ナーディアたちの前で立ち止まる。一瞬浮かんだ妄想を、ナーディアは振り払った。
(馬鹿馬鹿しい)
永久追放されたジャンニが、ラクサンドにいるはずがないではないか。昨日、オルランドと昔話などしたから、錯覚しただけだろう。
「お前がフェリーニ侯爵のご次男か?」
ナーディアは、男の目を見すえて尋ねた。彼は、軽く片眉を上げた。
「人の質問に答えずして、質問を投げかけるとは、無礼ですな。それに、人に名を尋ねる時は、まず自ら名乗るのが礼儀では?」
「何だと……!?」
マリーノが気色ばんだが、ナーディアは彼を制した。
「止せ」
今の彼の言葉は正論だ。それに、騎士団では彼の方が新人とはいえ、フェリーニ侯爵家といえば、由緒ある名門の家柄である。対してナーディアの家は、同じ侯爵家でも、格はずっと下だ。そもそもモンテッラ家は、元々伯爵の身分だったのだ。父ロベルトが、十四年前の謀反鎮圧で功績を挙げたことで、急遽陞爵していただいただけのことである。その辺りをわきまえないと、笑われるのはナーディアの方だ。
「失礼した」
ナーディアは、丁寧に礼をした。
「私はナーディア・ディ・モンテッラ。オルランド王太子殿下の、専属護衛を務めさせていただいている」
「……モンテッラ?」
男が、ふと目を見張る。