最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる
5
二人して下の階に移動しながら、ナーディアはロレンツォに尋ねてみた。
「何だか、元気がないな。故郷が懐かしくはないのか?」
「仕事だから嫌とは言えないが、正直気は進まなかった」
ロレンツォは、憂鬱そうに答えた。
「ここには、あまり良い思い出がないからな。母親がああいう立場だったから、周囲からは偏見の目で見られていたんだ」
ナーディアは、返事に困った。
「だから、殿下は気遣ってくださったが、休みをいただいても、特に行きたい場所がないというのが本音だ」
「育った家は?」
「もう人手に渡った」
ロレンツォは、あっさり答えた。
「母が……シルヴィアというんだが。彼女が亡くなって、俺が王宮近衛騎士団に入ることが決まってすぐ、父が売りに出したんだ」
「そうか。それは寂しいな」
ナーディアは、ロベルトとフェリーニ侯爵の会話を思い出していた。やはりシルヴィアというのが、ロレンツォの母親の名だったのか。
やがて降り立った階には、全部で五つの部屋があった。ナーディアとロレンツォにはそれぞれ両端の部屋が与えられていたが、確かに間の三部屋は、空き部屋のようだった。
「じゃあ、お休み」
ロレンツォは、さっさと自分の部屋に入ろうとしたが、ナーディアは彼を引き留めた。
「なあ……。いい思い出がないのはわかったけど、今度ここに、姉様を連れて来てやってくれよ。来てみたいようなんだ」
するとロレンツォは、何だか微妙な表情になった。
「……お前って、本当に姉思いなんだな」
「兄様が、あんなだったからな。私たちがしっかりしないと、と思って。小さい頃から、二人で何でも協力してきたんだ」
それなのに、姉に二度も嘘をついてしまったという罪悪感が、脳裏をかすめた。そんな思いに一瞬とらわれているうち、ロレンツォは黙って部屋へ入ってしまった。
仕方なく、ナーディアも自分の部屋へ入った。荷物を解き始めるが、気分が晴れない。理由は、オルランドから遠ざけられたからだ。
(万一のことがあったら、どうする……)
このまま結婚させられ、護衛を辞めさせられるとしたら、これが最後の仕事になるかもしれないのに。失態で終わりたくはなかった。
(殿下、何を考えてらっしゃるんだ……)
苛つきながら荷物をほどいていたその時、ナーディアはおやと思った。見覚えのある丸い容器が、転がり落ちてきたのだ。フローラがくれたお守りと、同じものだった。リボンの色だけが異なる。
(姉様が、荷物に入れてくださったのか? でも、どうして二つも……?)
無くした時用の、予備のつもりだろうか。用意のいいことだ。それ以上深く考えることなく、ナーディアはそれを、荷物の奥にしまい込んだのだった。
「何だか、元気がないな。故郷が懐かしくはないのか?」
「仕事だから嫌とは言えないが、正直気は進まなかった」
ロレンツォは、憂鬱そうに答えた。
「ここには、あまり良い思い出がないからな。母親がああいう立場だったから、周囲からは偏見の目で見られていたんだ」
ナーディアは、返事に困った。
「だから、殿下は気遣ってくださったが、休みをいただいても、特に行きたい場所がないというのが本音だ」
「育った家は?」
「もう人手に渡った」
ロレンツォは、あっさり答えた。
「母が……シルヴィアというんだが。彼女が亡くなって、俺が王宮近衛騎士団に入ることが決まってすぐ、父が売りに出したんだ」
「そうか。それは寂しいな」
ナーディアは、ロベルトとフェリーニ侯爵の会話を思い出していた。やはりシルヴィアというのが、ロレンツォの母親の名だったのか。
やがて降り立った階には、全部で五つの部屋があった。ナーディアとロレンツォにはそれぞれ両端の部屋が与えられていたが、確かに間の三部屋は、空き部屋のようだった。
「じゃあ、お休み」
ロレンツォは、さっさと自分の部屋に入ろうとしたが、ナーディアは彼を引き留めた。
「なあ……。いい思い出がないのはわかったけど、今度ここに、姉様を連れて来てやってくれよ。来てみたいようなんだ」
するとロレンツォは、何だか微妙な表情になった。
「……お前って、本当に姉思いなんだな」
「兄様が、あんなだったからな。私たちがしっかりしないと、と思って。小さい頃から、二人で何でも協力してきたんだ」
それなのに、姉に二度も嘘をついてしまったという罪悪感が、脳裏をかすめた。そんな思いに一瞬とらわれているうち、ロレンツォは黙って部屋へ入ってしまった。
仕方なく、ナーディアも自分の部屋へ入った。荷物を解き始めるが、気分が晴れない。理由は、オルランドから遠ざけられたからだ。
(万一のことがあったら、どうする……)
このまま結婚させられ、護衛を辞めさせられるとしたら、これが最後の仕事になるかもしれないのに。失態で終わりたくはなかった。
(殿下、何を考えてらっしゃるんだ……)
苛つきながら荷物をほどいていたその時、ナーディアはおやと思った。見覚えのある丸い容器が、転がり落ちてきたのだ。フローラがくれたお守りと、同じものだった。リボンの色だけが異なる。
(姉様が、荷物に入れてくださったのか? でも、どうして二つも……?)
無くした時用の、予備のつもりだろうか。用意のいいことだ。それ以上深く考えることなく、ナーディアはそれを、荷物の奥にしまい込んだのだった。