最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

2

(本当に、あった……)





 目の前の光景が見間違いであって欲しい、とナーディアは思った。あるいは、他の原因でできた傷であるとか。その時、不意に低い声が響いた。





「捜し物は見つかったか?」





 ロレンツォに手をつかまれて初めて、ナーディアは、自分が無意識に傷痕に触れていたことに気付いた。ロレンツォは、ゆっくりと向き直ると、ナーディアを見すえた。





「この傷を確認したかったんだろう? 『コルラード』」





 ナーディアは、ぎょっとした。





「わ、私を、覚えて……?」



「当たり前だろう」





 ロレンツォは、やおらシャツを着込み始めた。





「当時は、てっきり男だと思っていたが。入団時にお前と手合わせした時は、驚いたさ。あの時の男の子と、同じ髪と目の色をした女が、あの時と同じ台詞を吐いた……。『本気でかかってこい』と」





 それでロレンツォは、あの時動揺したのか、とナーディアは得心した。





「まさかと思った。偶然、似た男がいたのかもと。だが、コルラード殿は武芸が不得手と聞くし、それらしい親戚はいないとも聞いた。となると、結論は一つだ」





「兄様の代わりに変装して出場したんだ」





 ナーディアは、ぽつりと言った。うん、とロレンツォが頷く。





「お前は、本当に強かったよ……。同年代であれほどの遣い手に会ったのは初めてだった。絶対に、また会って手合わせをしたいと思った。だから、俺のことを覚えていて欲しくて、あの花をやったんだ」





(やはり、ワスレナグサの意味を知っていたのか……)





「ジャンニ・ディ・バローネ……なんだな? お父上はバローネ伯爵、お母上はエメリア様」





「その通りだ」





 ロレンツォは、静かに答えた。





「どうやって、ラクサンドで生き延びた? 追放されたはずだろう」



「全ては、マクシミリアーノ様のおかげだ」





 ロレンツォは、フェリーニ侯爵の名を告げた。ナーディアの持参したリキュールの瓶を手に取ると、室内にあったグラスに注ぐ。





「長い話になるんだ。飲まなきゃやってられん」





 ロレンツォは、リキュールを一気にあおった。
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