最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

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 その感触には、記憶があった。二人で閉じ込められた、あの夜だ。夢幻かと思ったが、そうではなかったのか。ふと、あの時の彼の台詞が蘇る。





 ――もっと違う形で、お前と知り合えていたらな……。





 やがて唇を割って、熱い液体が流れ込んで来る。リキュールか。ほぼ無意識に、ナーディアはそれを嚥下していた。すると、それを見計らったかのように、ロレンツォは唇を離した。





「自分でも、馬鹿な真似をしているのはわかってる。何のために、十四年間復讐計画を練ってきたのかってな」





 目の前のエメラルドグリーンの瞳には、苦しげな色が浮かんでいた。





「元々俺は、淑女でございますって感じの取り澄ました女は嫌いなんだ。お前のその、あっさりした性格、悪いと思ったら潔く謝罪する所……。最初から、好ましいと思っていた。その上、十四年前のあの対戦相手だと悟った時は、ひどく動揺したよ。陳腐な表現だが……、運命だ、と思った」





 ナーディアは、カッと顔が熱くなるのがわかった。





「知れば知るほど、お前を好きになっていった。他人を……とりわけ家族のことを、常に大切に思っていて。武芸の腕前は抜群なのに、どこか抜けていて、危なっかしくて……」





 ロレンツォが、再び口づけてくる。拒むべきなのはわかっているのに、ナーディアにはそれができなかった。





「子供時代の話を、お前がしたことがあったろう? ほら、二人で閉じ込められた晩だ」





 ロレンツォは奇しくも、ナーディアが思い出したのと同じ話を持ち出した。





「あの時、俺はこう言ったよな。『俺もそこに加わりたかった』と。あれは本音だ。俺が本当にダリオ様の弟だったら、お前と子供時代を、共に過ごすことができたのに! 俺は、ダリオ様に激しく嫉妬している。俺の知らないお前を、彼はずっと見てきた。それに、何よりも! 彼は、謀反人の子などではない。堂々と、お前に求婚することができる……」





 ロレンツォが、力任せにベッドを殴りつける。ナーディアは、思わずビクリと体を震わせた。





「俺には、計画を完遂する自信がなくなってきた。フローラ嬢の心を惹きつけ、ダリオ様とお前の仲を応援する、どう考えてもそれが正解だ。でも、感情が言うことをきかない。お前が困っていたら、フローラ嬢を差し置いて飛んで行かずにはおれないし、ダリオ様に食ってかからずにはいられない」





 ロレンツォは、深いため息を吐くと、それに、と続けた。





「俺にはもう、たとえ芝居でも、フローラ嬢を愛することはできない……。これを見ろ」





 ロレンツォは、フローラが作ったお守りを放ってよこした。ナーディアが身に着けていたものだ。





「詳しい知り合いがこっちにいたから、早速調べてもらった。……中に入っていたのは、呪いに用いるハーブだ」
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