最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

10

 沈黙が続いた。時間にすれば一分にも満たなかったと思うが、ナーディアには永遠に感じられた。





 やがてナーディアの手から、ポトリと短剣が落ちた。ベッドから落ち、床に転がっていく。





(殺せない)





 たとえ、父ロベルトの命を狙っているとわかっていても。ナーディアには、ロレンツォを殺めることができなかった。





(愛しているから……)





「誤解するな」





 ナーディアは、短剣を拾い上げると、サイドテーブルに置いた。





「今こんな所で、王宮近衛騎士団員が事件を起こしてみろ。オルランド殿下に、ご迷惑がかかる。サルトール辺境伯にも」





「……そうか」





 ロレンツォが、短剣を手に取る。一瞬怯えたが、彼はそれを部屋の隅に放り投げた。





「俺にも、お前は殺せない……。 俺が、お前と手合わせしなかったのは、それが理由だよ。剣を交えて、うっかり昔のことを思い出されたら、困るからな……。俺はな、俺の正体に……謀反人の息子だと気付く人間がいたら、誰であろうが手にかける覚悟だった。でも、お前だけは殺したくなかったんだよ。だから、永久に気が付いて欲しくなかった……」





(でも、気が付いてしまった)





 ずっと会いたかったジャンニとの再会が、こんな形になるなんて、とナーディアはぼんやり思った。オルランドには否定し続けてきたが、ナーディアにとって、あれは初恋だったのだ。紛れもなく……。





「だが。口封じは必要だ」





 不意に、険しい声が響いた。次の瞬間、ロレンツォの手が伸びてくる。ナーディアは、とっさにかわそうとした。体術の心得は、十二分にある。いつもなら、容易にはねのけられるはずだったのだが……。





 ナーディアは突如、体に異変を覚えた。手足が、思うように動かせないのだ。軽い痺れさえ感じる。動きを止めたナーディアの体を、ロレンツォはやすやすと抱え込むと、ベッドに押し倒した。あっという間に、覆いかぶさられ、押さえ込まれる。





「純潔を失ったら、オルランド殿下の護衛は辞めねばならない……。そうだったな」





 ロレンツォの意図を察して、ナーディアはぞくりと震えた。





「絶対に、失いたくないポジションなのだろう? 今日、そう言っていた……。お前が、父親や他の人間に俺の正体をバラせば、俺は、今夜これから起きる事をバラすまでだ」
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