最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる
第十二章 不穏の兆し

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 翌朝ナーディアは、決意を胸に、鏡に向かって支度をしていた。





 王都へ戻ったら、真っ直ぐ父ロベルトの元へ向かうつもりだ。ロレンツォの話が真実だとしても、ナーディアにとってロベルトは、敬愛する大切な父親であることに変わりはない。昨夜彼から聞いた話は、全て打ち明けるつもりだった。





 本音を言えば、今すぐにでも父の元へ駆け付けたい。だがナーディアには、オルランドの護衛という責務がある。それを放り出すわけにはいかなかった。ロレンツォ本人も、今一緒にコドレラにいる以上、すぐに何かを仕掛けることはできないだろう。





(……そして)





 ナーディアは、ぐっと唇を噛みしめた。ロベルトに喋ったとなれば、ロレンツォは昨夜の出来事を、即座に暴露するだろう。そうなる前に、ナーディアはオルランドに辞意を伝えるつもりだった。このコドレラ訪問を最後に、護衛を辞任するのだ。





 どのみち、王妃との約束を破ったことに変わりはない。いくらロレンツォが卑劣な手段を用いたと言っても、夜に彼の部屋を訪れたナーディアにも落ち度はある。いかに自分に危機感が無かったか、思い知らされた気分だった。それを忠告していたのが当のロレンツォだというのは、皮肉なものだが。



 



(それに。あれは、完全な不可抗力ではなかった……)





 途中からナーディアは、明らかに自ら彼を受け入れたのだ。この世で一番愛しい男に求められて、嬉しくないはずがなかった……。





 ロレンツォとのことが知られれば、二つの結婚話も自然と消滅するだろう。それは構わなかった。一介の王宮近衛騎士団員として、独り身で生きていく。それが、これからの自分の人生だと、ナーディアは結論づけた。





 制服に着替えたナーディアは、軽く準備体操をした。問題なく動ける。それもそのはず、ロレンツォは昨夜、ナーディアを壊れ物のように丁重に扱ったのだ。おかげで初めてにもかかわらず、ナーディアはそれほどの苦痛を感じずに済んだのだった。





(……ただ)





 ナーディアは、ふと腹に手を当てた。ロレンツォは、そこに子種を注ぐことはしなかった。それは、彼が復讐計画を断念していないという意思表示に感じられた。婚約者の妹を孕ませたりすれば、計画は台無しだ。自信がなくなってきた、などと言っていたが、やり遂げるつもりには違いなかった。





(ならば、私も覚悟を決めねば……)





 熱い口づけも抱擁も、昨夜限りだ。今日からロレンツォは、敵でしかない。ナーディアは、そう自分に言い聞かせた。
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