最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる
8
「婚約解消、などはなさいませんよね? お願いです。それだけは、お止しになってくださいませ」
フローラが、焦ったように父親にすがる。
「たった一度のことです。私は、こだわったりいたしませんわ」
「……まあ、コルラードのことがあるからな」
ロベルトが、渋々といった様子で頷く。
「長男を勘当しただけでも外聞が悪いのに、この上長女が婚約解消となれば、さすがにみっともない……。婚約披露パーティーも済ませたばかりだしな。だから、すぐにマクシミリアーノに申し入れることはしないが……」
ロベルトは、ナーディアをじろりと見た。
「お前がそんな娘だとは思わなんだ。結婚前にはしたない振る舞いをしただけでなく、よりによって姉の婚約相手と……。人の道に外れた行動をしているという自覚はあるか!」
何もかもどうでもよくなるのを、ナーディアは感じていた。無実の人間を陥れたという父。そんな彼でも、ナーディアは守りたかった。王太子の護衛辞任という覚悟を決めてまで、父に忠告しに来たというのに。父はナーディアに弁明の機会を与えることもなく、打擲し罵った。挙げ句、慈悲の心でロレンツォを救ったフェリーニ侯爵まで、悪し様に言って……。
もう何も言うまい、とナーディアは思った。弁明して、父の許しを請う気もしなければ、フローラの嫌がらせについて話す気もしない。その代わり、ロレンツォの企みについても、教えるものか。
ナーディアは、散らばったネックレスの破片を拾い集めると、ロベルトをにらみつけた。
「人の道を語る資格が、あなたにおありですか」
「何だと?」
「罪のない人間を陥れたくせに、と申しております」
ロベルトが、訝しげな眼差しをする。
「ナーディア。お前は一体、何を……」
「ご自身の胸に手を当てて、お考えくださいませ!」
それだけ言い捨てて、ナーディアは部屋を飛び出した。ロベルトが追って来る気配がしたが、構わず走る。年齢と、過去の脚の故障の影響だろう。幸いにもロベルトは、なかなか娘に追い付けないようだった。
それをいいことに、ナーディアは玄関へとひた走った。ふと、背中に激しい痛みを覚える。全速力で走ったせいで、コドレラで負った傷が、開いてきたようだ。背後からは、ロベルトの心配そうな声が聞こえた。
「ナーディア、無茶をするな! お前の怪我のことは、聞いている!」
それを無視して、ナーディアは玄関を飛び出した。
(もうこの家には、二度と関わるものか……)
それならば、モンテッラ家の馬車も使うべきではないだろう。ナーディアは、通りに出た。幸いにも、辻馬車が一台停まっている。這うようにして、そこまでたどり着く。
騎士団の寮へ、そう御者に告げようとするが、あまりの痛みで声が出なかった。意識は、次第に朦朧としてくる。
「大丈夫ですか!?」
御者の驚いたような声が、ナーディアの最後の記憶だった。
フローラが、焦ったように父親にすがる。
「たった一度のことです。私は、こだわったりいたしませんわ」
「……まあ、コルラードのことがあるからな」
ロベルトが、渋々といった様子で頷く。
「長男を勘当しただけでも外聞が悪いのに、この上長女が婚約解消となれば、さすがにみっともない……。婚約披露パーティーも済ませたばかりだしな。だから、すぐにマクシミリアーノに申し入れることはしないが……」
ロベルトは、ナーディアをじろりと見た。
「お前がそんな娘だとは思わなんだ。結婚前にはしたない振る舞いをしただけでなく、よりによって姉の婚約相手と……。人の道に外れた行動をしているという自覚はあるか!」
何もかもどうでもよくなるのを、ナーディアは感じていた。無実の人間を陥れたという父。そんな彼でも、ナーディアは守りたかった。王太子の護衛辞任という覚悟を決めてまで、父に忠告しに来たというのに。父はナーディアに弁明の機会を与えることもなく、打擲し罵った。挙げ句、慈悲の心でロレンツォを救ったフェリーニ侯爵まで、悪し様に言って……。
もう何も言うまい、とナーディアは思った。弁明して、父の許しを請う気もしなければ、フローラの嫌がらせについて話す気もしない。その代わり、ロレンツォの企みについても、教えるものか。
ナーディアは、散らばったネックレスの破片を拾い集めると、ロベルトをにらみつけた。
「人の道を語る資格が、あなたにおありですか」
「何だと?」
「罪のない人間を陥れたくせに、と申しております」
ロベルトが、訝しげな眼差しをする。
「ナーディア。お前は一体、何を……」
「ご自身の胸に手を当てて、お考えくださいませ!」
それだけ言い捨てて、ナーディアは部屋を飛び出した。ロベルトが追って来る気配がしたが、構わず走る。年齢と、過去の脚の故障の影響だろう。幸いにもロベルトは、なかなか娘に追い付けないようだった。
それをいいことに、ナーディアは玄関へとひた走った。ふと、背中に激しい痛みを覚える。全速力で走ったせいで、コドレラで負った傷が、開いてきたようだ。背後からは、ロベルトの心配そうな声が聞こえた。
「ナーディア、無茶をするな! お前の怪我のことは、聞いている!」
それを無視して、ナーディアは玄関を飛び出した。
(もうこの家には、二度と関わるものか……)
それならば、モンテッラ家の馬車も使うべきではないだろう。ナーディアは、通りに出た。幸いにも、辻馬車が一台停まっている。這うようにして、そこまでたどり着く。
騎士団の寮へ、そう御者に告げようとするが、あまりの痛みで声が出なかった。意識は、次第に朦朧としてくる。
「大丈夫ですか!?」
御者の驚いたような声が、ナーディアの最後の記憶だった。