最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

10

 ロレンツォの部屋で二人きりになると、彼は苦笑した。





「口封じの意味は、まるでなかったな。自分から言っちまいやがって」



「姉様と言い合いになって、つい……。あ、お父様にもダリオにも喋ったけどな」





 あの無残に引きちぎられたネックレスが、脳裏に蘇る。フェリーニ邸に置いてきてしまったな、とナーディアは思った。怪我の治療が済んで、あの屋敷を出たら、修理に出そうと思っていたのだ。





「まあ、そんな気はしてたがな……。ああは言ったが、父親には打ち明けるだろうと思っていた。だから正直、口封じ効果はほとんど期待していなかったよ」





「へ? そうなのか?」





 ナーディアは、きょとんとした。そんなナーディアを、ロレンツォは胸にきつく抱き込んだ。





「夜に、惚れた女と二人きりで、我慢できると思うか? 抱きたいから、抱いたんだよ……。それに」





 ナーディアを抱くロレンツォの腕の力が、いっそう強くなる。





「こうしておけば、他の男に獲られないだろうという思いもあった。どうだ? また卑怯だと言うか?」





「ああ。お前は卑怯だよ」





 そう言い返したものの、ナーディアは彼の腕をほどこうとはしなかった。ナーディアの耳元で、ロレンツォが囁く。





「俺が卑怯になるのは、お前に関してだけだ……」





 ロレンツォの手が、ナーディアの髪をやわらかく撫でる。その手は、やがてナーディアの頬へと滑っていった。意図を察したナーディアは、彼の手を押し戻した。固い声音で、問いかける。





「その前に。説明してくれ。色々……。お前の正体を知って、お父様は婚約解消されたんだな?」





「そうだ」





 ロレンツォは、けろりと頷いた。





「それで、その……。姉様は、自殺を図られたのか? 本当に?」



「違う。あれは狂言だ」





 ロレンツォは、きっぱりと答えた。





「睡眠薬を、若干多めに摂取しただけだ。致死量には程遠い。医者は、こんなことで呼びつけるなと呆れていたくらいだ。だが、そこへたまたまモンテッラ邸を訪れたマリーノが、誤解したんだ。それをいいことに、フローラは奴に、お前に関するデタラメを吹き込んだ」





 納得すると同時に、ナーディアは安堵も覚えていた。自殺未遂と聞いた時、ナーディアはやはりフローラを案じたのだ。





「フローラは、俺たちがコドレラへ行っている間にこの寮を訪れて、皆を取り込んだんだよ。そして、さりげなくお前を貶めた。その前提があったから、マリーノや他の連中は、完全にお前を悪者扱いしたんだ」





 ロレンツォが、申し訳なさそうに続ける。





「一週間、放置して悪かったな。この状況で、フローラを放り出してお前の元へ駆け付ければ、お前の立場がますます悪くなると思ったんだ。ダリオ様ならお前に危害は加えないと考えて、あえてフェリーニ邸に預けたままにした」





 そこでナーディアは、ふと気が付いた。





「ダリオ、珍しく剣を携えてた。もしかして……」



「ああ。カッカした連中が、フェリーニ邸へ押しかけないとも限らないからな」





 ナーディアは、ふっと笑った。





「馬鹿だな。私より弱いのに、私を守る気だったのか?」



「そう言うな。俺には、ダリオ様の気持ちがわかる。惚れた女を守りたいのは、当然だ。ま、中には逆の行動に走る馬鹿もいるが……」





 言いながらロレンツォは、再びナーディアを胸に抱き込んだ。





「俺はな、今清々した気分だ」





 ロレンツォが、しみじみと呟く。





「十四年来の復讐計画が、大失敗に終わったというのにな。こうして婚約話がなくなって、俺は心底ほっとしている」
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