最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

9

「逃げ、なきゃ……」





 頭の痛みに耐えながらも、ナーディアは、這うように扉の元へ向かった。だが、それは目の前で無情にも閉まった。フローラが閉じたのだ。ガチャリ、と錠が下ろされる。





「本気で……?」





 二人で死のうというのか。この場に似つかわしくない明るい声で、フローラが答える。





「そうよ。私たちは、仲良し姉妹ですものねえ? いいじゃない、死ぬ時も一緒で」





 正気とは思えない。そうこうしている間にも、煙の匂いは激しくなってきた。体が、熱い。火の手も迫って来ているのだろう。何とか逃げたいが、意識が朦朧としてきた。





 その時だった。扉の向こうで、微かな声が聞こえた。





「ナーディア!?」



「ジャンニ!」





 声を振り絞って、ナーディアはわめいた。バン、バンという音がする。どうやら、扉に体当たりしているらしい。助けて、とナーディアは祈った。





 数回の激しい音の後、パッと視界が明るくなった。扉が開いたのだ。……そして、明るいのは炎のせいだった。廊下の半分は、火で埋め尽くされている。





「ナーディア!」





 叫びながら、ジャンニが走り込んで来る。彼は、横たわったナーディアを抱き上げると、フローラをにらみつけた。





「何をした!? とにかく、あなたもすぐ逃げろ……」





「ダメよ」





 耳をつんざくような声で、フローラはわめいた。ジャンニの腕を引っ張って、ナーディアを振り落とそうとする。





「ロレンツォ様。私を、助けに来てくださったのでしょう? 間違えてらっしゃるわ。私は、ここよ……」





「正気になれ! 早くしないと、全員死ぬぞ!」





 それだけ言い捨てると、ジャンニはナーディアを抱えて部屋を飛び出した。だが、続いて飛び出て来たフローラが、ジャンニに取りすがる。 





「間違いなのよっ。この子じゃない……」





 火は、もうすぐそこまで迫って来ている。それなのにフローラは、行く手を阻むようにジャンニの前に立ち塞がった。





「このっ……」





 ジャンニの顔が、激しく歪む。次の瞬間、彼はフローラを力任せに突き飛ばした。同時に、全速力で走り出す。ナーディアが最後に目にしたのは、フローラが炎の中に倒れ込んでいく光景だった。
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