最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

7

「そうだ」



 



 フェリーニ侯爵が、静かに答える。ナーディアは、思わず立ち止まった。





(エメリアって、誰……?)





 ダリオを産んだ彼の妻は、すでに亡くなっているが、彼女の名前ではない。立ち聞きなどいけないと思いつつ、ナーディアはつい耳をそばだててしまった。





「だから、彼女にそっくりなシルヴィアを愛した。ロベルト、君ならわかるだろう? 君だって、エメリアのことを……」





 シルヴィア、というのがロレンツォを産んだ愛人の女性だろうか、とナーディアは推測した。だが、エメリアとは一体何者だろう。父ロベルトも、よく知っている様子だが……。





「だからといって、二十年以上もの間、日陰の身にするなど! そのシルヴィアという女性が、気の毒ではないか。ロレンツォ殿も……」





「だから罪滅ぼしとして、王宮近衛騎士団に入れたではないか。あそこで働きたいというのは、ロレンツォの長年の希望だったからな」





「だったら、最初からちゃんと士官学校に入れればよかったではないか。コネで入った、などと言われて辛いのはロレンツォ殿本人だぞ!?」





 ロベルトが、声を荒らげる。するとフェリーニ侯爵は、なぜか低く笑った。





「聖人君子のように、説教するんだな。自分は清廉潔白ですとでも、言いたいのか?」



「どういう意味だ」





 ロベルトが、気色ばんだのがわかった。





「決まってるだろう。忘れたとは、言わせんぞ!」





 恐ろしいほどの殺気に満ちた声だった。フェリーニ侯爵といえば、温厚で優しい印象だった。そんな彼の豹変ぶりに、ナーディアは唖然とした。





「十四年前のことなら、君の誤解だ。マクシミリアーノ、信じてくれ……」





 絞り出すような声で、ロベルトが訴える。ナーディアは、ますます混乱し始めた。十四年前といえば、ロベルトが王弟ら謀反人一派を鎮圧して、陞爵された年だが。そこにフェリーニ侯爵が、どう関係してくるのだろう。





「どうだか。その引け目があるから、今回の結婚を認めたんじゃないのか」



「それは違う!」





 ロベルトが、大きな声を上げる。





「あくまで、本人同士の意思を尊重したかっただけだ。それにロレンツォ殿とは実際に接して、信頼に値すると思った。過去は関係ない……」





 衣擦れの音がした。どうやら、フェリーニ侯爵が席を立ったらしい。ナーディアは、慌ててその場を離れた。





(わけのわからないことだらけだ……)





 二人の会話は、さっぱり理解できない。だがナーディアは、この結婚が、何だか不吉なものとなる予感がしてならなかった。
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