最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる
5
「子供の頃の話です。剣術の試合で、年上の男の子に負けたことがあるのです。……後にも先にも、その時だけですが」
ナーディアは、ぽつぽつと語った。一度だけと強調したのは、見栄ではない。それだけ、ナーディアにとっては鮮烈な思い出だったのだ。
「ナーディアに、剣で勝つとはねえ」
オルランドは、目を見張った。
「そいつは、今どうしてるんだ? それだけ強い奴だったら、当然騎士団に入っているだろう。……ん、もしやマリーノか?」
オルランドは、ナーディアの同僚の名前を挙げた。ナーディアに次ぐ、王宮近衛騎士団のナンバー2だ。ナーディアとは、大の親友でもある。
「いえ、違います……。彼はその後、異国へ移住したのです。ですから、それっきりで」
「残念だな。ラクサンドへ戻る機会があれば良いものを」
オルランドが、無念そうな顔をする。それは無理だわ、とナーディアは心の中で呟いた。
(だって彼は、王室への謀反の角で、ラクサンドから永久追放されたのだから……)
だが、それは口にできなかった。少なくとも、オルランドの前では。一方、何も知らないオルランドは、こんなことを言い出した。
「よし、是非その男を捜させよう」
「ええ!? け、結構です!」
ナーディアはぎょっとしたが、オルランドは大真面目な様子だ。
「遠慮するな。名は何と言う?」
「あいにく、名前は知りません」
とっさに、嘘をつく。オルランドは、仕方なさそうにため息をついた。
「それでは、難しいな……。でも、捜す気があれば言ってくれよ? しらみつぶしに、調べさせるからな」
「……どうして、殿下がそんなことをしてくださるんです?」
「そりゃ、大事な護衛のためだ」
オルランドは快活に笑った。
「家臣思いの王太子としては、その初恋を実らせてやりたいと思っているわけだ」
「ご自分で仰います? というか、初恋だなんて、誰も言ってませんけど」
とんでもない飛躍に、ナーディアは目を剥いたが、オルランドはいたって平然としている。
「ずっと心に残ってるんだろ? それはもはや、恋と同じ」
「違いますって! ただ、負けたのが悔しかったからですよ。また手合わせできたらって、そう思い続けてきました!」
「ほうほう。再会したい、と……」
「だから、意味が違います!」
話が通じない、とナーディアは苛立った。折しも、オルランドの部屋の前に到着する。ナーディアは、やや切り口上で告げた。
「とにかく殿下は、ご自分が舞踏会でお相手を見つけることだけを、お考えくださいませ。私へのご配慮は無用です。では、お休みなさいませ!」
一気にまくし立てると、オルランドは呆れたように微苦笑した。
「意地っ張りだよなァ。でも、気が変わったらいつでも言えよな」
ナーディアは黙って一礼すると、踵を返したのだった。
ナーディアは、ぽつぽつと語った。一度だけと強調したのは、見栄ではない。それだけ、ナーディアにとっては鮮烈な思い出だったのだ。
「ナーディアに、剣で勝つとはねえ」
オルランドは、目を見張った。
「そいつは、今どうしてるんだ? それだけ強い奴だったら、当然騎士団に入っているだろう。……ん、もしやマリーノか?」
オルランドは、ナーディアの同僚の名前を挙げた。ナーディアに次ぐ、王宮近衛騎士団のナンバー2だ。ナーディアとは、大の親友でもある。
「いえ、違います……。彼はその後、異国へ移住したのです。ですから、それっきりで」
「残念だな。ラクサンドへ戻る機会があれば良いものを」
オルランドが、無念そうな顔をする。それは無理だわ、とナーディアは心の中で呟いた。
(だって彼は、王室への謀反の角で、ラクサンドから永久追放されたのだから……)
だが、それは口にできなかった。少なくとも、オルランドの前では。一方、何も知らないオルランドは、こんなことを言い出した。
「よし、是非その男を捜させよう」
「ええ!? け、結構です!」
ナーディアはぎょっとしたが、オルランドは大真面目な様子だ。
「遠慮するな。名は何と言う?」
「あいにく、名前は知りません」
とっさに、嘘をつく。オルランドは、仕方なさそうにため息をついた。
「それでは、難しいな……。でも、捜す気があれば言ってくれよ? しらみつぶしに、調べさせるからな」
「……どうして、殿下がそんなことをしてくださるんです?」
「そりゃ、大事な護衛のためだ」
オルランドは快活に笑った。
「家臣思いの王太子としては、その初恋を実らせてやりたいと思っているわけだ」
「ご自分で仰います? というか、初恋だなんて、誰も言ってませんけど」
とんでもない飛躍に、ナーディアは目を剥いたが、オルランドはいたって平然としている。
「ずっと心に残ってるんだろ? それはもはや、恋と同じ」
「違いますって! ただ、負けたのが悔しかったからですよ。また手合わせできたらって、そう思い続けてきました!」
「ほうほう。再会したい、と……」
「だから、意味が違います!」
話が通じない、とナーディアは苛立った。折しも、オルランドの部屋の前に到着する。ナーディアは、やや切り口上で告げた。
「とにかく殿下は、ご自分が舞踏会でお相手を見つけることだけを、お考えくださいませ。私へのご配慮は無用です。では、お休みなさいませ!」
一気にまくし立てると、オルランドは呆れたように微苦笑した。
「意地っ張りだよなァ。でも、気が変わったらいつでも言えよな」
ナーディアは黙って一礼すると、踵を返したのだった。