最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

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 王宮を出ると、ナーディアは、同じ敷地内に設けられた寮へと向かった。王宮近衛騎士団のメンバーは、全員ここに住むのが決まりだ。もちろん、何かあった時にすぐ駆け付けるためである。





 自室に入ると、ナーディアは着替えもせずに、ベッドに寝転がった。天井に向かって、毒づく。





「あンの色ボケ王太子! 何でもかんでも、自分の物差しで判断しやがって!」





 『彼』に対する思いは、そういうものではないというのに。とはいえ、本気で怒る気はしなかった。少々お節介なだけで、オルランドが実は家臣思いであることは、よくわかっているからだ。





 ナーディアは起き上がると、備え付けの書棚の前に立った。一冊の本を抜き取り、慎重にページをめくる。そこには、押し花のカードが挟まれていた。大分色あせているが、うっすらと青みがかっているのが見て取れる。ワスレナグサだ。





「――ジャンニ」





 ナーディアは、思わず呟いていた。同時に脳裏には、彼の美しいエメラルドグリーンの瞳が、まざまざと蘇っていた……。 





 忘れもしない十四年前、五歳の時、ナーディアは、現国王・マルコ四世が主催した子供向けの剣術大会に出場した。――ただし、男の子のふりをして。





 元々参加予定だったのは、四歳年上の兄・コルラードだった。だがコルラードは、出たくないとごねた。彼は極端な運動音痴で、ナーディアとは正反対に、武芸全般がからきし苦手だったのだ。それでいて、貴族の家の長男としてプライドだけは高かった彼は、恥を掻くことを恐れたのである。猛将と呼ばれる父ロベルトの存在も、大きなプレッシャーになっていたに違いなかった。





 そこで名乗りを上げたのが、ナーディアだった。兄の助けになりたいという思いもあったが、純粋に腕試しをしたかったのだ。当時、どんな武芸においても、同年代の子供らでナーディアに敵う者はいなかった。





『じゃあ、私が代わりに出る!』





 その申し出に、コルラードは飛びついた。父が知ったら止めさせただろうが、あいにく彼は、当時激務のため、留守がちだった。母は息子に甘く、コルラードが出なくてすむならそれでよいと言った。かくしてナーディアの身代わり出場計画は、驚くほどスムースに進んでいったのだった。
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