最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

6

(お父様。どうかご無事で……)





 ナーディアは、領内にあるモンテッラの別邸へ、真っ直ぐ向かおうとした。ちなみにナーディアが生まれ育った本邸は、王都付近にある。王立騎士団長という立場上、何かあった際にすぐに王宮に駆け付けられるようにと、ロベルトは屋敷をそこに構えたのだ。領地に来る際は、この別邸で過ごすのである。





(……いや、待てよ)





 白み始めた空を見上げて、ナーディアは思い直した。昼夜問わず馬を飛ばして来たため、時間の感覚を失いかけていたが、今は早朝だ。父ならば、早速事故現場を訪れている気がした。





 ナーディアは、直接現場へ向かった。近付くにつれ、ナーディアは目を覆いたくなった。あれほど威風堂々と存在感を放っていた橋は、もはや三分の一程度しか残っていなかったのだ。川面には、無数の石材の破片が、無残に散らばっている。橋の上に建っていた家々の残骸と見られる木材も交じって見え、ナーディアはいっそう胸が痛んだ。





(それにしても、ちっとも後処理が進んでいないようだな)





 ナーディアは、怪訝に思った。崩落から、ずいぶん日が経つというのに。本当に、兄は一体何をしていたのだろう。





 きょろきょろ見回していると、元、橋のたもとだった付近に、数人の男性が集まっているのが見えた。中には、父ロベルトの姿も見える。





(お父様。やっぱり、早速こちらへいらしたのだな)





 慌てて駆け寄ろうとして、ナーディアは、目を疑った。父の隣に、なぜかロレンツォが立っていたのだ。





(なぜ、彼がここに……!?)





「ナーディア!?」





 ロベルトよりも先に、ロレンツォがナーディアに気が付いた。よほど驚いたのか、目を丸くしている。それを聞いたロベルトは、一瞬ナーディアを見たものの、すぐに視線を外した。彼は何やら、一緒にいる男性たちと、激しく言い争っていた。





「私は、そんな指示は出していないぞ」



「ですが、領主印が押されているではないですか」





 男性の一人は、ロベルトに書類を突きつけている。彼の顔には、ナーディアも覚えがあった。石工ギルドの親方だ。モンテッラ家とは昔から付き合いがあるギルドで、領内の工事は大概請け負っている。





「コルラード様が、仰ったのですよ。資金が尽きたから、予算を組み直した。これは、父の指示だと」





 親方は、憤然とした様子で答えた。





「それでいて、完成は遅らせるな、と仰るので弱り切りましたよ。ですが、ロベルト様にはお世話になってきましたから、最善を尽くしたのです」





 ロベルトは、書類をひったくると、信じられないといった様子で首を振った。





「これっぽっちの予算で、できるわけがなかろうが……」



「やむなく、本来必要な材料を使わなかったり、工程を省いたりしました。イチかバチかの、危険な賭けでしたが……。石工たちの給金も、最小限に削りました。当然、士気は下がります……」





 兄はなぜ、そこまで予算を削ったのだろうか、とナーディアは思った。
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