最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

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「まさか、そう捉えていたとはね……。計画を立てた甲斐があったな」





 ダリオは、ぼそりと呟いた。





「……何のことよ?」



「何でもない。そろそろ、部屋へ案内するよ。ドレスが到着する頃だろう」





 彼に促され、ナーディアは席を立った。





 ドレスに関する打ち合わせは、フェリーニ邸の隅の方にある小部屋で、毎回行っている。かつては、今は亡きフェリーニ夫人……つまりダリオの母親が茶会を開くのに使っていたらしいが、ここ数年は使われていないという。ロクに手入れもされていないような部屋だが、ナーディアは是非ここでと頼み込んだ。恥ずかしいことは目立たない場所でやりたい、という心理である。





「じゃあ、僕はこれで。用があるから、外出してくる」





 ナーディアを部屋へ通すと、ダリオは言った。その言葉に、深く安堵する。着たところを見せろ、と言われるのを恐れていたのだ。どっちみちパーティー当日は見られるわけだが、恥を掻く回数は最小限に抑えたかった。





「ハイハイ、行ってらっしゃい」





 ダリオを追い出すと、ナーディアは思わずガッツポーズをしていた。





(これで、解放される……!)





 世の令嬢たちなら楽しくてたまらないであろうドレスの仕立ては、ナーディアにとって苦痛以外の何物でもなかった。慣れないコルセットは苦しいし、仕立屋の指示に従って、人形のように右を向いたり左を向いたりさせられる。





 最大の難関は、仕立屋の口から飛び出すファッション用語だった。呪文のような言葉を並べ立てられるうち、面倒になってきたナーディアは、全部任せると言ったのだ。その際、仕立屋がしてやったりという笑みを浮かべていたのが、少々気になったが……。





(でも、もうこんな日々も終わりだ!)





 後は、パーティー当日を乗り切ればいいだけだ。喜びのあまり、室内をぴょんぴょん飛び回っていると、ノックの音が聞こえた。





「失礼いたします。ドレスが完成いたしましたよ」





 言いながら入って来たのは、もはや顔なじみとなった中年女性だった。ダリオの母親が贔屓にしていたという、仕立屋である。彼女の背後には、うやうやしく包みを捧げ持った弟子たちと、初めて見る若い女性がいた。





「以前、こちらのお屋敷で侍女をしておりました者です。ヘアメイクを担当させていただきたく、参りました」





 女性は、そう挨拶した。ナーディアは、怪訝に思った。





「ドレスの最終確認をするだけでは?」



「ヘアメイクとドレスは、バランスが重要でございますから。お時間を取らせて申し訳ありませんが、どうかお付き合いくださいませ」





(予行練習的なものか)





 よくわからないが、ナーディアは頷いた。今日が最後なのだし、付き合ってやろうと思ったのだ。





「それでは、お召しになっていただきましょう」





 女性ばかりなので、気楽である。ナーディアが、身に着けていた男物の普段着を脱ぐと、弟子の一人が室内のワードローブへと手早くしまってくれた。他の弟子たちは、どんどん包みを広げていく。ファッションショーの始まりであった。
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