最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

11

 二人はしばらく黙ったまま、並んでソファに腰かけていた。何だか、ロレンツォと目線を合わせられない。士官学校や騎士団で、男性の裸を見る機会は、これまでにもあったはずなのに。上半身裸のロレンツォを、ナーディアは正視できなかった。





(しかし、鍛えてるんだな……)





 チラと見ただけだったが、ロレンツォの肩や腕は、驚くほど厚い筋肉で覆われていた。胸は引き締まり、腹筋は芸術的に美しく割れていた。そして、今まで意識したことはなかったが、掌もナーディアより遙かに大きかった。あの手が、自分の自由をやすやすと封じたのかと思うと、悔しさと同時に、説明できない不思議な感情が湧き上がるのを感じる。





「あ、あの……。よく、通りかかってくれたな?」





 沈黙に耐えきれず、ナーディアは話を振ってみた。





「この部屋の付近って、誰も寄りつかないみたいじゃないか?」





 するとロレンツォは、あっさり頷いた。





「そりゃ、この二つ隣が、この屋敷での俺の部屋だからだ」



「――そうか」





 ナーディアは、内心眉をひそめたくなった。この周辺の部屋はいずれも、質素でみすぼらしい雰囲気だからだ。この部屋同様、手入れされていないようでもある。ロレンツォの、ここでの立場を知らされた気がしたのだ。





「そんな顔をするな。ここの使用人と関わるのは煩わしいから、自分のことは自分でやると言っているだけだ」





 ナーディアの思いを見透かしたように、ロレンツォは言った。





「だがそのせいで、使用人がこの辺りへ来ることはない……。発見してもらうのは、期待しない方がいいな。ナーディアがここにいることは、誰か知っているのか?」





「ダリオ以外は、誰も」





 ナーディアは、かぶりを振った。フェリーニ家の使用人には、ナーディアがドレスの仕立てのためここへ通っていることを、伏せている。できるだけ、誰にも知られたくなかったからだ。





「まあでも、そのうちダリオが帰って来るだろ。それまでの辛抱……」



「兄上なら、今夜は帰られないぞ」





 ロレンツォは、静かにナーディアの言葉を遮った。ナーディアは、えっと思った。





「帰るって言っていたぞ? それに今夜は、フェリーニ一族の集まりがあるんだろ?」



「ああ、それなら中止になった」





 ロレンツォは、あっさりと言った。





「伯父上が危篤という知らせが来たんだ。それで、集まりどころではなくなった。父上も兄上も、急遽伯父上の元へ向かっている。俺は立場上、フェリーニの親族が集まる場へ顔を出せないから、ここに残ったんだが」





 そういうことか、とナーディアは合点した。





(いや、待てよ)





 頼みの綱のダリオが、今晩帰らない、ということは。ナーディアは、愕然とした。





(まさか、一晩中ここで過ごす羽目になるんじゃ……?)
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