最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

12

「……もう。何だよ、ダリオの奴……」



 



 ナーディアは、再び怒りが込み上げるのを感じた。監禁疑惑は濡れ衣だったし、事情が事情だけに、駆け付けるのは仕方ない。だが、着て来た服を隠した上に放置、というこの状況は許しがたかった。まさか扉が開かないとは思っていないだろうから、ドレスで帰ればいいとでも思っているのだろう。そう考えると、なおさら腹が立つ。





(あいつは、単なる悪魔を通り越して、ベルゼビュート(地獄の最高君主)か?)





「一体、何があったんだ?」





 ロレンツォが尋ねる。ナーディアは彼に、婚約披露パーティーにドレスで出席するはめになったのだ、と打ち明けた。





「嫌だったのに! ダリオとの勝負に負けたんだよ。もう、元はといえば、アガタのせい……」





 コルラードが彼女にはまったのが、そもそもの発端ではないか。ナーディアは、兄と彼女に腹が立ってきた。





「どうしてアガタのせいなんだ?」



「コルラード兄様の娼館通いをダリオが止めさせたら、私がドレスを着るって約束だったんだよ」





 そこまで説明してから、ナーディアはふと違和感を覚えた。





「ロレンツォ。アガタを知っているのか?」





 ロレンツォの口調は、やけに親しげだった。エメラルドグリーンの瞳の男が彼女を指名していた、という話が、ふと脳裏をよぎる。





「いや? まさか。橋の崩落現場にナーディアが来た時、口走ってたろ? 俺は、人の名前は忘れない性質なんでね」



「へえ? 女の名前は、じゃないのか」





 まぜっ返せば、ロレンツォは苦笑してかぶりを振った。おもむろにソファから立ち上がり、ナーディアが床に脱ぎ散らかしたドレスを拾い上げる。





「良いデザインだな。ナーディアに似合いそうだ……」





 そこまで言いかけて、ロレンツォはふと口をつぐんだ。ローテーブル上に置かれたブラウンダイヤのネックレスと、ドレスを見比べている。





「グレーとブラウン、か」





 そう呟くと、ロレンツォは、ナーディアをチラと見た。





「お前は、このカラーを身に着けることを、了承しているのか?」



「へ? うん、まあ」





 地味でいいじゃないか、と心の中で続ける。だが、ロレンツォの顔は曇っていった。
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