最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

16

「ご……、ごめん! 無神経で」





 辺境で一人、人目を忍んだ生活を強いられてきたロレンツォのことを考えて、ナーディアは胸が痛んだ。れっきとしたフェリーニ家の次男だというのに……。だがロレンツォは、かぶりを振った。





「いや、そうじゃない。お前が考えている意味で言ったわけじゃない」



「……じゃあ、どういう意味だ?」





 想像を巡らせるが、すでに相当酔いの回った頭では、ちゃんとした思考はできそうになかった。考えるのは諦めて、ナーディアはロレンツォを見すえた。





「そうだ、ロレンツォ。剣術で思い出したぞ。また手合わせしてくれよ。入団の時以来、一度もしてくれていないじゃないか」





 するとロレンツォは、困ったような笑みを浮かべた。





「しない方がいいと思うが。俺と手合わせしたら、きっとお前は失望する。……俺を、軽蔑するだろう」



「何を言っている?」





 ナーディアは、首をかしげた。





「お前の強さは、王宮近衛騎士団の誰もが認めているじゃないか」





 腕をつかんで揺さぶれば、ロレンツォはそっと振り払った。





「もう止そう。お前は、大分酔ってる」



「また、逃げたな……」





 とはいえ、強烈に眠気が襲ってきているのは事実だ。瞳を閉じて、ソファに深く沈み込めば、逆にロレンツォに揺さぶられた。





「何だよ!」



「化粧をしたまま寝る気か? 肌に良くないだろう」





 そういえば、今日はメイクもしたのだった、とナーディアは舌打ちした。





「けど、メイク落としなんて持ってない」



「確かこの部屋には、オイルがあったぞ。あれで落とせるんじゃないか?」





 ロレンツォは立ち上がると、室内のキャビネットから、何やら小瓶を取り出してきた。





「最初にここに入った時、見つけたんだ。これで試してみよう」





 ロレンツォはハンケチを取り出すと、瓶からオイルを垂らした。ナーディアの隣に腰かけ、顔に手を伸ばしてくる。どうやら、落としてくれるつもりのようだ。





「目を伏せて」





 言われた通りにすると、ロレンツォの腰付近が目に入る。ナーディアが贈ったベルトを着けていた。休みの日だというのに、外さないのだろうか。





 ロレンツォはハンケチで、ナーディアの肌を丁重に拭ってくれる。マッサージのようなその動きと、オイルの良い香りが心地良すぎて、ナーディアは次第にうとうとし始めた。





(ダメだ。限界……)





 意識が朦朧とし始める。半ば眠りの淵へと引き込まれかけたその時、ロレンツォの小さな呟きが聞こえてきた。





「もっと違う形で、お前と知り合えていたらな……」





 次の瞬間、唇に柔らかいものが押し当てられた気がした。何が起きたのかわからないが、もう瞼が重くて開けられない。そのままナーディアは、深い眠りへと落ちていった。
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